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毎度、見る度に違う自転車。
真がその意味することに気付いていた。
老人の方も言い逃れできないと観念したのだろう。
石原にそこまで言われて、
「……すみません」
と、思いの外、あっさりと謝ってきた。
聞くと、近くの駐輪場で、鍵のかけてない自転車を拝借したとのこと。
拝借したのはいいが、いつまでもそれを使っていては持ち主に見つかる。
それで、次の自転車を盗りに行ったということだった。
「使わなくなった自転車は?」
「……川に、捨てました」
(そういえば、川に廃棄自転車を何台か見かけたことがあるな)
と真は思った。
今更、1、2台増えたところで、誰も気にはとめないだろう。
万が一、盗まれた人が見つけても、盗まれた自転車の末路だと悲しく思うが諦めがつく。
「すみません。悪いことをしたとは思っています。でも、私の仕事は、自転車がないとできない仕事でして」
老人が腹の辺りで手を落ち着かない様子で何度も組み換えながら言う。
「前の自転車は?」
「壊れました」
「だいぶ年季が入ってましたものね。修理には出さないのですか?」
「修理するお金なんて、ないですよ。第一あんな古い自転車。修理する価値もない」
苦笑いを浮かべて俯く老人に
「だからって盗っちゃダメでしょ? 自転車の本当の持ち主は困ったと思いますよ」
石原は優しくも厳しく伝えた。
「交番に行きましょうか? 詳しくは刑事さんが来ますので、そちらにきちんと話してください。修理するお金がないことや、自転車がないと生活できない話も、全部話すんですよ」
すると老人は、おとなしく従った。
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