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「あのじいさんが自転車を盗んだって、よく分かったな」
交番に戻り刑事との引き渡しが終わって、一段落し、真が石原に声をかけた。
「毎回、違う自転車に乗ってたら、さすがに分かりますよ」
と、石原が言った。
「いや、でも何日も前のじいさんの自転車の色なんて普通は覚えないよ。それをよく覚えているなと」
「なんとなくの記憶でしたが、以前、おじいさんが押してた自転車は黒い錆びの目立った古い自転車でしたよね」
それなら、真も覚えている。
よくその自転車に空き缶を山ほど積んで、集めていた。
「それが赤、紺、そして今回のグレー。赤い自転車あたりから、彼らしくない自転車だなと違和感を感じたんです。それで覚えていました」
確かに。
偏見と言われそうだが、あのじいさんが赤い自転車に乗るのは、なんか変だ。
それを覚えていたのだろう。
「じいさんの言ったこと、本当だと思うか?」
「前半の『友達から借りた』は明らかに嘘でしたね。でも、盗んだ理由や捨てた場所は本当ですよ。嘘をついている気配がなかった」
「気配?」
「動き、いや仕草っていうのかな?」
「怪しいな。陸裕、騙されてない? じいさん、演技してたかもしれないだろ。同情引こうと」
仕事のこと、直す価値のない自転車のこと。
演技というには、あまりにも真実味ある話だ。
だけど、「それをちゃんと刑事さんに話なさい」と言った面倒見の良い石原の同情引こうというのなら、許せない。
こと石原のことが絡むと、真も尋常ではなく疑り深くなる。
「多分、騙されてないと思います」
あっさりと石原は否定した。
「なんで?」
「話の途中で、おじいさんは手を何度も組み直していました。それがなんだか焦っているように感じられて。でも最後は僕の目を見て、一生懸命話していたでしょ。だから、信じていいと思います」
「はあ、そんなもんか?」
「あ、女性の場合は逆ですよ。相手が男の場合、女性は目を見て嘘をつきますから。志々目さん、気を付けた方がいいですよ」
「なんだよ、それ」
なぜ、急に自分に女性を宛がうのか。
(俺は、陸裕が好きだって言ってるのに……!)
不満に思っていると
「万が一余罪があったら、それは刑事の仕事だし。僕が騙されるくらい、別にいいんじゃないかな」
石原からは、特に真を意識していない話が返ってきた。
「結構、気楽に職質してんだな」
「ちゃんと根拠はありましたってば」
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