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「うわ、大丈夫か?! 志々目!」
同じく昼番に出ていた岸田が叫ぶ。
石原の腹めがけて女は包丁を突いたが、慌てて飛び出した志々目がその刃を握って止めた。
岸田は、すぐに女を取り押さえた。
「ほら、だから言っただろう? いつか逆恨みされるぞって」
出血する右手を抱え込むように座り込んだ真に、石原が駆け寄る。
「仕方ないでしょ? だって、それが僕の仕事なんだから」
少し上ずった声は、よもや自分に向けられた刃をこの男が素手で握るとは思わなかったからだ。
真の手からは、深紅の血が溢れ出て、交番の無機質なコンクリートの床にボタボタと落ちた。
石原を刺す為にまっすぐ押された包丁をつかんだ真の右手は、刃の通りに皮膚と肉を切り裂かれた。
手のひらから中指の付け根までざっくりと切れ、鮮血はとめどなく溢れた。
止まる気配がない。
「やばいな、これ。救急車呼んで、陸裕。俺、死んじゃう……」
これだけの流血は、さすがに久しぶりだ。
ましてや、それが自分の手のひらから流れ出ているのだから、目の前がかすむような気がする。
「いや、死なない」
「は?」
止血しようと真の右腕を取る石原の冷静な言葉。
「手のひらを切っただけだから。派手に出血しているけど、大丈夫。救急車呼ぶほどはない。止血して、どこでもいい。近くの外科に行って適当に縫ってもらったら、ちゃんとくっつく」
あいも変わらず、落ち着いた判断。
(ああ。本当に……)
傷口を押さえる石原の端正な横顔を見ながら、いつも通りの冴え渡る石原の判断に
(本当に、この男は自分のものにはならないんだ)
と真は思い知った。
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