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「陸裕」
交番勤務の石原が、また書類提出に来たのか署内で見かけて、真は声をかけた。
「真さん。久しぶりですね」
思いの外、爽やかに話してもらえた。
あれから、真がいくら頼んでも個人的に会うことはできなかった。
ただ石原が
「お互い大人でしょ? これからも同じ仕事なんだし、会うこともあるでしょう。ギスギスした関係って嫌ですから。何事もなかった対応で行きましょう」
と言う。
その約束通りの対応だった。
「ここに来るなんて、珍しいな」
「異動になったので。手続きなどあったので、こちらに来ました」
「あ、そうなんだ。今のところ、もうそんなに居るの?」
「そうですね。二年……くらいかな」
「ん? じゃあ、そんなに長くないのに異動になったのか?」
「はい」
(そういうこともありうるか……)
真が考えている横を通り抜け、人事の者が、掲示板に張ってあった離島異動の公募の紙を剥がしていた。
「あ、そうだ。今更ですが、手切れ金、要求していいですか?」
「は? 手切れ金……?」
真が苦笑いを浮かべる。
(陸裕っぽくないな……)
ドラマの中の悪女のようなことをわざと言って、綺麗さっぱりこれまでの6年間を清算するつもりかと真は考えた。
「俺は、切れたくないのだが……?」
ともすれば、目の前のいつもと変わらぬ会話をする石原を強く抱きしめてしまいたくなる衝動に駆られる。
きっと誰も居なかったらそうしていただろう。
(誰かが居ても、そうしてしまいたいが……)
石原に叩かれるのは目に見えているし、以前石原に言われた「大人の対応」の約束が、真の無意識に働きかけていたので、なんとか行動を抑えることができていた。
「婚約までしていて、よく言いますね。彼女を泣かせたら、僕が許しませんよ」
本気で睨み付ける石原に
「はい、はい」
と軽口たたけば
「はいは一回……でしたよね?」
いつもの石原とのやりとりだった。
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