03-1,前

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「いいなー。お前は」  真が柴犬に向かって言う 「これからずっと陸裕と一緒に居られるのかー……」 「そんな顔してもダメですよ。これで会うのは最後です」 「どうしても?」 「どうしても」 「島に異動の理由は、それ?」 「どうでしょうね」  と石原は言った後で、 「……忘らるる 身をば思わず 誓いてし 人の命の 惜しくもあるかな」  ぼそぼそと何やら唱えた。 「何? それ」 「……この間の、カルタ大会の百人一首です。何でしょうね。急に思い出したので」  そんなことは真でも推測できる。  だが、今、そんなこと言っている場合か? 「適当なこと言ってごまかすなよ」  もがいてももがいても石原に手が届かないと思っていた、あの時を思い出す。 「なんで、こうなってしまったんだろうな?」 「さあ」 「見合いした俺が悪かったのかな?」 「断れない状況だったし、仕方ないと思いますよ。もう、彼女も大切な人・・・・・・なんですよね?」 「うん・・・・・・」  気まずそうにする真に 「後ろめたく思わないでください。僕はこの子もらえて嬉しいんですから」  石原が子犬を抱き上げて言う。  彼女を「大切な人」と認識している真に胸が痛まないわけではなかったが。   「とにかく、島に行くのに真さんは関係ありませんから」 「休暇利用して、遊びに行くって言ったら……」 「そんなことしたら、怒りますからね!」  子犬をキャリーバッグに入れてから、石原は 「さよならです、真さん」  と言って、帰路についた。  こうして、生後三ヶ月のコウ3と共に、石原は離島に赴くことになった。
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