04-1.前

9/15
前へ
/133ページ
次へ
「だいたい、ここ、俺んちだし。勝手に泊まっている訳じゃねえ」  ぼそぼそと答えたのを、石原は聞き逃さなかった。 「え? 君……緒方さん?」 「……そう。多分」 「多分って」 「母さんの本当の名前、知らねえから」 「え?」 「ずうっと前に、ばあちゃんって人から俺の居た施設に葉書が来た。それでここの住所が分かった。『緒方久子』は俺のばあちゃんだ」 「……はあ」  母の名は分からないのに、祖母の名前は分かるのか?  理解不能だ。 「もう、いいだろ」  男は、ぷいっと顔をそむけた。 「よくありません。ばあちゃんちイコール君の家じゃありません」 「え? そうなの?」  びっくりして上げた声はやや高く、年相応に若い。 (……なんだろ。なんだか、可愛いな)  さっきまで出してた低い声は、きっと演技だ。  いわゆるドスを効かせて、相手を威嚇しているのだろう。  柴犬のマコトさんが、駐在所の近くを散歩している犬に対し低く唸るのに似ているなと、少し思った。 (金髪もあちこちに付けたたくさんのピアスも、威嚇の為かな)  威嚇。  恫喝。  しかもそんな見かけや小手先の技が通用するのは、素人か下っ端相手。 (だったら、彼もパシリかな?)  どう考えてもヤクザ下っ端路線まっしぐらな思考に、石原は苦笑いを浮かべた。 (だけど、そんな彼がこの何もない平和な島に何の用だろう?)  帰省?  母の名も知らないのに?  ますます、理解不能だ。  
/133ページ

最初のコメントを投稿しよう!

127人が本棚に入れています
本棚に追加