01.志々目真という男

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 カルタ大会は、5年ほど前からの署長提案の懇親行事だった。  柔道大会は、いわゆる体力勝負。  だが、知的な面でも競うべきという提案で、正月あけて競技カルタが行われるようになった。  その時期になると、老いも若きも警察官がぶつぶつと百人一首を唱え始め、地域住民が不気味がるようになった。  非番の者も集まって、交番の奥の仮眠室で読み手と取り手に分かれ、必死に練習する日々があった。 「忘らるる 身をば思わず 誓いてし 人の命の 惜しくもあるかな」 「はい!」  競技カルタとなれば、上の句もそこそこに札を取ると思いきや、何せ皆、素人集団。しかも、かなりの付け焼き刃。  ひどい者は一夜漬けで臨む者さえ居る。  だから、下の句が出てからやっと探し始める有様である。 「あ」  石原が取った札の上に、ほんの少し遅かった者が手を重ねた。 「あ、すみません」  すかさず相手は謝ったのが、その相手を石原の背後から 「てめえ、呪い殺す」  声には出さず唇の形だけで伝え、真は睨みつけていた。  石原は背後から異様な真の気配を感じていた。  だから、なんとなく、真が自分に好意を持ってくれているのは分かっていた。 「大体、練習の時は俺の手を見事によけていたくせに、なぜに大会本番で手を握られる?」  打ち上げで酔った真に問いただされた。 「知りませんよ」  石原は面倒に思いながら答えていた。  交番の練習では、真が事故(?)を装ってここぞとばかりに石原の手を握ろうと不穏な空気を漂わせていたのだ。  敏感な石原にそれがありありと伝わっていたのだから、これで逃げられない訳がない。
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