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京都という町は意地が悪いのだと、あいつは以前から言っていたが、なるほど列車から一歩出た途端、その意味がよく分かった。寒い。空はよく晴れ、日差しも差しているにもかかわらず、とにかく空気がじっとりとしてとにかく寒い。
首をすくめたぼくをちらりと見ると、あいつはまっすぐに改札を出て、タクシー乗り場に向かった。吝嗇なあいつにしては珍しいが、なんてことはない。ぼくのためではなく、あいつもまた京都の意地悪な寒さにやられてしまったのだろう。
「みやこめっせまで」
不愛想な運転手は、行き先を告げたあいつの声には返事もせず、いきなりアクセルを踏み込んだ。だがすぐに信号にひっかかり、ちっと舌打ちをしてルームミラーに目をやる。あいつの隣に座ったぼくを見て、おや、と目を見開いた。
「珍しいお連れですね。何歳ですか」
その口調が先ほどとは別人のように優しげで、ぼくはとっておきの声でにゃあと鳴いてやった。するとあいつは指先でこつりとぼくの頭を小突き、「さあ、何歳なんですかね。拾ったときにはすでにそこそこ大きかったんで」とちょっときまり悪そうに答えた。
「まだ毛並みもつやつやじゃないですか。案外、まだ若いのかもしれませんよ」
「ああ、そうかもしれません」
今回、あいつが京都に来たのは、仕事のためだ。それだけにあいつは早く話を打ち切りたそうな顔つきを見せたが、運転手は最初の不愛想はどこにいったのかと思うような態度で話を続けた。
「おとなしくていい子じゃないですか。黒猫はやっぱり特別ですね」
「はあ」
「わたしもね。子供の頃、家に黒猫がいたんですよ。小学生の時に妹が拾ってきて、そのまま家に居ついちまったんですけど」
四車線の道を進むにつれ、空は次第に曇ってきた。道行く人はみな、上衣の襟元を掻き合わせ、何かから逃げるように足を早めている。京都の意地悪が苦手なのは、この町に暮らす人も同じらしい。
「ただ、私が高校生最後の冬にどこかに行っちまったきり、帰ってきませんでね。ほら、猫は自分の寿命を悟ると、ひとりで姿を消すって言うでしょう。まだ中学生だった妹はわんわん泣いて、雪が降る中探しに行ったんですけど、こちらはちょうど大人びてみたい年頃で……放っておけよなんぞと言って、知らん顔をしてしまってねえ」
おっと、と呟いて、運転手は急ブレーキをかけた。かたわらの路地から飛び出してきた自転車に舌打ちをして、「けど、それが悪かったんですかねえ」と続けた。
「いえね。それから四、五年も経った頃に、妹にお兄ちゃんみたいに冷たい人に心配なんぞされたくないって罵られたんですよ。どう考えてもやめた方がいいやくざな奴と付き合い出したのをちょっと注意したら、猫を探さなかった昔のことを掘り返されてね。挙句の果てにぷいと家を出て行って、それきりですよ」
もう三十年の昔です、と付け加えて、運転手は乾いた声で笑った。
「あいつは綺麗な髪をしていてね。そりゃあまるで黒猫みたいな奴でしたよ――あ」
運転手が不意に素っ頓狂な声を上げた。やれやれうるさいタクシーに乗ってしまったとばかり、うんざりした顔をしていたあいつまでが、座席でわずかに身じろぎした。
「降ってきましたね。夜まで続けば、積もるかもしれせんよ」
白いものがちらちらと舞う道を行き交う人たちは、みな表情がなく、早足だ。ぼくはその中に、いなくなった黒猫たちが一匹ぐらい混じっているんじゃないかと思った。
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