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作業に三時間程かけると、俺たちの教室は窓側半分が深夜の暗い森になっていた。
いつもの教室の無機質な床は土で覆われ見えなくなって、大きな木が至る所に転がっていたり生えていたりしている。壁は全て草が貼り付けられ、そこがかつて教室であったことを忘れてしまう程だ。
俺は、小学生の頃に一瞬だけ見ることができた自分の部屋の続きをこの教室に重ねて見ていた。楓が、俺の横で土を払い、軍手を外して伸びをした。
「樹が夏休み前にしてたあの話、後で死ぬほど怒られたでしょ、実際にこれ目の前にしたらもう、なんか、あんたのお母さんの苦労が目に浮かぶわ」
「どうだか」
そうは言ったものの、俺は本当に死ぬほど怒られた。掃除をさせられ、怒られ、それでも笑いが止まらなくて、余計に怒られた。その後健太に電話をしたら、全く同じように死ぬほど怒られたそうだ。
「マジで土くさい。男子の趣味って本当わかんない」
教室に広がる森林を悪く言いながら楓の表情は満足そうだ。直導が教室に入ってきた。
「これいつ出すの?」
直道は、少し大きめな虫かごを二つ重ねて抱えている。一つはクワガタとカブトムシ、もう一つは鈴虫が入っている。カブトムシは、九月になるとペットショップでもあまり手に入らず苦労した。
「明日の、じゃないや、今日の文化祭開始寸前に放とう」
「僕本当に知らないからね」
「道連れだよ、覚悟しろ」
「最悪」
三人の声と鈴虫たちの出すうるさい程の音色が、しんとした校舎に吸収されていくみたいで、蒸し暑いはずの深夜の教室は気持ちの良い空間のように思えた。
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