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カブトムシを二匹持って帰った俺は、室内に森を見た不思議な興奮の余韻が抜けなかった。
自分の部屋の床に寝転がって虫かごを覗き、自分が持ち帰ったカブトムシに目線を合わせてじっと見つめた。かごの中が徐々に大きな世界に見えてきて、その世界に入り込めそうな感覚に襲われる。
ゆっくりと目を瞑る。どこからか、蝉の声と木々が風に揺られて擦れる音、そして健太が遠くで俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。健太は虫かごを首に提げて、大きく手を振っている。俺は健太の元に走る。滲む汗すらも感じた。
ぱっと目を開けると、頭の中に広がった森は消えて、目の前にはゼリーを食べるカブトムシが二匹いるだけだった。
床から体をゆっくりと起こして、自分の狭い部屋を見回す。
引っ越してから一度も開けていないダンボールと、乱雑に置かれた文房具。まだ俺の部屋というには慣れない。知らない場所だ。ここは、まだ俺の知らない場所。外に出てもビルだらけで、友達もいない。健太とは今でもたまに電話をする。健太と話しているときは楽しいけれど、虫の話やカブトムシの森の話をするとき、俺とは遠い所にいると感じる。声がすぐ傍に聞こえても、違う世界に住んでいるようだった。
健太と、森で走りたい。そんなことを考えると、段々と泣きそうになってきた。男が泣くのはダサい。健太が言ってた。そう思い出してぐっと涙をこらえた。
唇をかんで涙をギリギリの所で抑えながら、自分の部屋を見渡すと、その狭い空間が、今日の昆虫展と重なった。今日みたいにここから森に行ければ良いのに。この部屋から森を渡って、健太のいる森に行ければ良いのに。そんな想像をしていると、何だか本当に出来る気がしてきた。いつの間にか口元は緩んで、半笑いになっていた。
俺のイタズラ心と想像力が、この部屋を「外」にすることが出来ると言っている。ここに健太がいたら、絶対賛成してくれる。そしていつも二人で怒られていた。そうだ。森を作れば、あの電話で感じる遠い感覚もきっとなくなる。鳥がさえずり、カブトムシが飛び交い、土の匂いがして、木々が揺れ動く。想像するだけで、俺の足もとが、冷たいフローリングから柔らかくて暖かい土に変わった気がした。
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