楽しき思い出

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どうして、私なんだろう。 何度そう思ったことだろうか。 苦しくて、切なくて、悲しくて… 永遠に忘れることができない恋をした。 忘れたくて仕方ないのにどうしたって忘れることができないでいる。 ただ普通に恋をしただけなのに。 どうやら私に普通と言うものは許されないらしい。 そんな忘れられない恋をしたのは私が小学生の頃のことだった。 私達が住んでいる所は小さな、小さな、村。 山の奥深くにひっそりと存在している所だった。 1番近いバス停まで歩いて1時間、そこから1日に1本だけ電車が来る駅までバスで1時間。とんでもないど田舎だ。 だけど私はこの村が嫌いではなかった。ずっとここにいてもいいと思うくらいこの村のことが好きだった。 自然豊かで住んでいる人たちはみんないい人たちばかり。 他の土地に住んだらここが不便だと感じるのかもしれないけれど生まれてからずっとこの生活だからこの日常が当たり前。 それにこの村には大好きな幼馴染みがいたから… 「梢(こずえ)ちゃん!おはよ!」 「おはよう、一星(いっせい)くん」 七草一星くん。生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染み。年も同じで私たちは同じ病院で生まれたそうだ。 明るくて元気で優しい男の子。誰にでも平等に接する人だからちょっと妬いてしまう。 幼馴染みなんだから特別扱いしてくれてもいいのに、と思ってしまう。 そんな自分が嫌だった。 「梢ちゃん、宿題やった?」 「んー悩んじゃって困ってる…」 土日の宿題として出された物がとても難しい内容だったのだ。 「一星くんはできたの?」 「うん!一瞬で終わったよ」 「さすが一星くんだなぁ」 宿題の内容は『もしも願いが一つだけ叶うならあなたは何をねがいますか?』という内容だった。願い事はたくさんある。だけど一つだけと言われると困ってしまう。 私は我がままな性格だ。それは誰かに指摘されずともわかっている。 今までずっとほしいものはなんでも買ってもらえていた。 望めばなんでも手に入ると思っていた。それが無理だと分かったのは一星くんのことを恋愛対象として意識をし始めてから。 「一星くんはなんて書いたの?」 「えっとね、全ての人が幸せに生きられる世界になりますようにって書いたよ」 「すごいなぁ…」 一星くんはいつだって全ての人の幸せを願っている。 そんな一星くんの特別になることなんて無理なんだ。 私が初めて好きになった人は、私のことを1番に好きにってくれることはないだろう。 だからせめてこの幼馴染みという立場だけは失いたくなかったのだ。 私が変なことを言わなければずっと幼馴染みでいられる。 一星くんの隣を毎日歩いていられるんだ。 だから、本当の願い事は書けない。 私の願い事は『一星くんの特別になりたい』だから… 他愛のない会話をしながら学校へ行き授業を受ける。 結局宿題には『今がずっと続きますように』と書いた。 今のままでも十分幸せだったから。 なのに神様はそんな私の些細な願いさえ叶えてはくれなかったんだ。 それは、小学六年生の春のことだった。 「え?!引越し?!!!」 「うん、お父さんが転勤が決まっちゃって東京に行くことになったんだ…」 あまりに突然のことだったし信じられないことだった。 この村の人たちは基本的に村を出る人は今までいなかったから。 それなのによりにもよって初めて村を出る人が七草家だなんて。 小学校を卒業すると同時に東京へ行くそうだ。 もうこの村に戻ってきて暮らすことはないと言われているらしい。 「嫌じゃないの?」 「んー梢ちゃんやみんなと同じ中学いけないのは寂しいし東京なんて未知の世界でちょっと怖いけどでも嫌じゃないよ。どんなことが待っているのかわくわくしてる!」 笑ってそう告げる一星くんはきらきらと輝いていた。 もし反対の立場だったなら私はそんなふうに思えないと思う。慣れ親しんだ場所と人と離れ離れになって遠い未知の土地へ行くだなんて考えただけで恐ろしいと思ってしまう。 本当に私と一星くんは正反対だなと思う。 だからこそ私は一星くんのことを好きになってしまったのだろう。 「そっかぁ、寂しくなるな…」 「うん、でも引越ししたら手紙書くし電話もする!それにまだ後一年あるしその間にたくさん思い出作ろう!」 「うん!」 私はどうしても暗くなってしまうけれど一星くんは明るく元気付けてくれようとしている。 それが嬉しくてだけど辛いんだ。 一星くんにとって私はそれだけの存在だったのかなって思ってしまうから。 なんて私は醜いんだろう。 こんな私では一星くんの特別になるなんて無理だと感じた。 だけど、状況は一転した。 思い出をたくさん作ろう!その言葉の通り一星くんは今まで以上に私と一緒にいてくれた。 そんな雰囲気で迎えた夏休み、私たちは二人で夏祭りに行った。 「やっぱり夏祭りはいいねー!もうこの夏祭りに来るの何回めかな?」 一星くんは毎年来ている夏祭りだというのに毎年初めて来たかのような反応を見せるのだ。 私は正直ここの夏祭りに飽きていた。だって毎年ゲームも食べ物もほとんど同じなんだから普通なら飽きるでしょう?屋台のおじさんおばさんたちも同じだし。 それでも一星くんに誘われたら断ることはできない。 他に行けるところもないし… もし私たちがもっと大人だったら二人で隣町とかに遊びに行けたのに。 まだまだ子どもだから、この村で過ごすしかないんだ。 「毎年来てるよね。だけど来年から一星くんと来ることはできないんだよね…」 それがとても悲しい。さっき飽きるなんて言ってたばかりだけど訂正をしよう。 一星くんと一緒なら同じところだって毎日でも来たい。 なのにもう来年はない。きっと一人で来ることはないだろう。 だからこのお祭りとも今年でさようなら、だ。 「そう、だね。夏休みだけ帰ってくることは難しそうだし…でも、ね、一緒に夏を過ごすことはできると思うんだ。梢ちゃんさえ大丈夫なら」 「どういう、こと?」 「夏休みにさ東京に遊びに来たらいいんだよ!今で東京に行くなんて考えたことないとは思うけど僕がいるんだから。親だって許してくれるはずだよ。もちろん僕の家に泊めてあげられるし。僕がこっちに来るよりずっといいと思うんだ。梢ちゃんに見たことない景色見せてあげられるし!」 どうかな?ってきらきらとした瞳で一星くんは問いかけてきた。 そうか、そういう考え方もできるのか。 さっきまでの寂しさは嘘かのように心がわくわくとしてきていた。 未知の場所に行くのは怖いけどそこに大好きな人がいるのなら行ってみたいとも思う。 「うん、確かにそれはいい考えかも!でも、一星くん東京に行ったら私のこと忘れちゃわない?夏休みにはもう他に一緒に遊ぶ友達できちゃってるんじゃないかな?」 一星くんは誰とでもすぐに仲良くなれる子だから。 それにかっこいいし優しいからきっとモテるだろう。 東京へ行ったらすぐに彼女ができてしまうかもしれない。 「梢ちゃんのこと忘れるなんてありえないよ。できることなら梢ちゃんと一緒に東京へ行きたい。そう思うくらい僕にとって梢ちゃんは特別なんだよ?」 「え…っ?」 それから一星くんは私がずっと待ち望んでいた言葉を紡いでくれたんだ。 一星くんが引越しをする話をしてから今までより一層仲を深めていくようになって 感じたことのない想いが生まれたのだという。 「梢ちゃんが他の男子と話してるとちょっと嫌な気分になったり今まで普通に繋げていた手がなかなか繋げなくなったりしたんだ…」 思えば最近手を繋ぐ回数が減った気がする。その前までもそんな頻繁に繋いだりする感じではなかったけれど二人っきりになったら私から手を繋ごうとしていた。 嫌われちゃったのかなって不安だったけどその逆だったんだ。 「ねぇ、梢ちゃんは僕のことどう思ってる?ただの幼馴染み?」 「そんなことないよ…!!!私は一星くんよりも前からずっと一星くんの特別になりたいって思ってた!でも一星くんはみんなに優しいから諦めてたの。だからね今すごく嬉しいんだよ?」 「そうだったんだ。僕って本当どうしようもないな…だけど引っ越す前に気づけてよかった。そしたら改めて伝えるね。明日見梢さん、僕はあなたのことが大好きです。僕と付き合ってください」 「私も、七草一星くんのことが大好きです。こちらこそお願いします」 そう言って二人笑った。 だけど次の日から二人の運命は狂い出したんだ。 最初は深く考えてはいなかった。 私たちが結ばれた次の日一星くんは高熱を出して学校を休んだ。 一星くんが風邪を引くなんて今まで覚えてる限りはなかった。 昨日何か風邪を引くようなことをしただろうか? 考えたけど思い当たらなかった。 次の日には心配かけてごめんね!って笑ってたんだ。 梢ちゃんと付き合えたことがあまりに嬉しくて熱出しちゃったのかな?なんて言って。 だけどそれからも度々一星くんは体調を崩すようになった。 それは決まって私との関係が大きく変わった時。 例えば初めてキスをした日、学校でお泊まり会をした時に夜に二人で抜け出して屋上で星を見た日、どうしてか一星くんは体調を崩した。 さすがの私もおかしいと思った。 なんで?どうして?一人で考えたってわからない。一星くんのお見舞いに行けば一星くんはたまたまだよって優しく言ってくれるけれど1回だけならそう思えてもこう続くと何かあるんじゃないかって思ってしまう。 それともう一つ悩んでいることがあった。 今度二人で隣町に遊びに行こうって約束をしているんだ。 だけどこの調子だときっと悪いことが起きる。 たぶん今までの比じゃないくらいのことが起きる。 そんな予感がするんだ。 だから早く原因を知りたい。 私は一人帰り道を歩きながら悩んでいた。 「お困りのようですね、お嬢さん」 そんな時、突然後ろから声をかけられた。 びくっと肩が揺れて恐る恐る振り返ればそこには見知らぬおばあさんがいた。 この村の人たちの顔はだいたい知っている。 こんなに腰の曲がったおばあさんはいなかったと思う。 「すぐに消えますから怖がらなくて大丈夫ですよ。私はねあなたに忠告をしに来たんです」 「忠告…?」 「はい、あなたはね選ばれてしまったんです。あなたの身の回りで最近変わったことが起きていませんか?」 私は小さく頷いた。 「それは、好きな人が自分と関係を深めるたびに体調を崩している、そんなところではないでしょうか?」 「…っなんでわかるんですか?」 「私は神様だからですよ」 それから神様と名乗るおばあさんはありえないことを告げたのだ。 このまま私と一星くんが一緒にいると一星くんは死んでしまう、と。 私には一星くんを殺してしまう力が宿ってしまっているのだ、と。 「どうして…っ」 「どうして、か、それは先ほども言いましたが選ばれたのです。この村には昔から数年に一度こういったことが起きていたのです。この村に住まう邪悪な精が気まぐれに選んでそれを見て楽しんでいるのです」 「そんな話聞いたことない!」 「当たり前です。そんな話して誰が信じますか?あなたは今回のことを誰かに話そうと思いますか?」 「それは…」 「あなたが知らないところで何度も起きていた出来事なんです。私がこうやって真実を告げれば皆好きな人と別れていきました。安心してください、二度と恋ができないわけではありません。この村のもの同士でなければこんなことは起きない。あなたはまだまだ若い。それに彼は来月引っ越してしまうのでしょう?」 つらつら、つらつら、とわけのわからないことを告げられる。 だけど私と深く関わることで一星くんが体調を崩していることは事実だ。 これ以上私のせいで苦しませたくない。 ましてや死ぬなんてありえない。 「私は一つ願いを叶えることができます。何か望みますか?」 「一星くんの記憶から私のことを消してください」 「本当にそれでいいんですね?」 「はい、ただ明日1日だけ時間をくれませんか?」 「わかりました」 ふっとおばあさんは消えた。 どっと疲れが押し寄せてきて私はその場にしゃがみ込んだ。 泣きたいのに泣けなかった。 あまりにも突然であまりにも信じがたい出来事だったから。 もしかしたら悪い夢かもしれない。 そんな希望を抱きながら腰を上げて家へと帰った。 だけど、次の日目が覚めても昨日の感覚はしっかりと残っていた。 今はおばあさんはいないけれどきっと夢ではないのだろう。 なんとなくわかった。 「そうだ、一星くんに電話しなきゃ…」 おばあさんに今日1日だけ時間をもらったんだ。 今日が私と一星くんが恋人として過ごせる最後の日。 最高の思い出を作りたい。 震える手でスマホを操作して一星くんに電話をかけた。 「もしもし、一星くん?」 「うん、おはよ梢ちゃん。どうかした?」 「あのね、急でごめんねなんだけど今日空いてたりする?」 「空いてるよ!」 「よかったーどうしても今日一星くんと一緒に行きたいところがあって…」 「いいよ!行こう!今から行く?」 「うん、30分後にいつもの場所で!」 「りょーかい!」 当たり前だけど一星くんは何も知らなくていつも通り。 一星くんはおかしいって思わないのかな。 ううん、たぶん思ってない。人を疑ったりしない優しい人だから偶然だよって笑ってくれるんだ。 今日はとびっきりかわいい格好をしてしまおう。 マフラーと手袋はクリスマスプレゼントに一星くんに編んであげたものと同じ物。 来年もまた編んであげようって思ってたのになぁ。 「ダメダメ!今日は全部忘れて楽しんだから!」 そう気合を入れて待ち合わせ場所へと向かった。 恋人になる前からずっと私たちの待ち合わせ場所だった所。 私たちのお互いの家の中間の田んぼ道にある小さな一つの岩と祠がある場所。 ここがずっと待ち合わせ場所だった。 「梢ちゃん!」 「一星くん!」 私達は抱きしめ合った。 冬の寒さも忘れてしまうくらいあったかい一星くんの温もり。 「今日はどこに行くの?」 「えっとねこの村を一周したいなって。それで夜に学校の屋上で星を見たいの。今日はいい天気だからきっとよく見えると思う」 「素敵だね!」 それから私たちは小さなこの村を二人で手をつなぎながら歩いた。 寒い冬はあまり外に出てる人がいないから人目を気にする必要がなくて良い。 一星くんは気付いているだろうか。 私が二人の思い出の場所を通ると立ち止まっていることに。 ううん、この村全体が私たちの思い出の場所。 この村で生まれなければ出会うことはなかったかもしれない。 大切な大好きな人に出会わせてくれたこの村に感謝をしながら私は歩いた。 そして夜になり休み中の学校の門を潜った。 「なんか悪いことしてるみたいでわくわくするね!」 一星くんは門をよじ登り、私に手を差し伸べながらそう言った。 「そうだね!」 夜の学校は不気味だけど二人でなら怖くない。 以外と簡単に校舎に入れてしまって屋上まで来れてしまった。 こんなに簡単に事が進むなんて思わなくて、もしかして神様が助けてくれているのでは? と思った。 屋上の1番高いところに二人で腰を下ろした。 見上げた空には冬の大三角形が綺麗に見えていた。 「わー!!すごい綺麗!」 私は思わず手を伸ばした。 すごく近くに見えるのに手は届かない。 それはまるで私たちの恋のようだ、なんて思った。 「一星くん、今日は付き合ってくれたありがとう」 「ううん、僕もすごい楽しかったから。寒いけど二人でこうしてくっついていればとてもあったかいね」 「うん…」 私たちは手をつなぎながらぎゅうと寄り添った。 温もりを、愛しさを忘れないように。 「大好きだよ一星くん」 「僕も梢ちゃんのことが大好き」 その時、流れ星が光った。 私は強く、強く願った。 どうか、この先一星くんが幸せでありますように、と。 次の日の学校で一星くんは元気に友人達と遊んでいた。 私が側を通ってもあの愛おしい声で名前を呼んではくれなかった。 私たちは幼馴染みでも恋人でもないただのクラスメイトになっていた。 それがとても切なくて寂しくて仕方なかったけれど一星くんの為ならば選択肢はこの道しかなかったんだ。 そうして月日は流れ一星くんは東京へと引っ越して行った。 私はこっそりと一星くんが村を出る後ろ姿を見送った。 その時そばに咲いていたのはツルニチニチソウの花。 確か花言葉は「楽しき思い出」と「幼馴染み」。 私にぴったりな花言葉だなと思った。 私は後悔はしていない。 この村で出会い、恋をして恋人同士でいられた時間を。 きっとこの村を出た一星くんの中からは私の存在は綺麗さっぱりなくなってしまうのだろう。だけど私は覚えているから。 ずっと、ずっと覚えているから。 「バイバイ、一星くん」 そして、楽しき思い出をたくさんくれてありがとう。 大丈夫。 明日から私は新しい私を生きていくから。 どうか、幸せに。 ただそれだけを祈っています。
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