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最初の三日は、ちょっとした異変だった。朝目覚めると、“あいいろちゃん”の向きが変わっている気がするとか。うっかり台座から落ちているのを見かけるとか、髪の毛に大きな埃がついているのを目にするとか、その程度だ。
呑気な私は、寝ぼけて触ったかな、くらいしか思っていなかったのである。――彼女が来て四日目の夜、異変を目の当たりにするまでは。
「うにゃ……?」
その日も、あいいろちゃんにおやすみなさいの挨拶をして眠った。すると、奇妙な夢を見たのである。自分の部屋の中だ。しかし、随分と景色がモノクロがかっているのである。色がない空間で、すんすんと誰かの泣き声がするのだ。私はすぐ、それが夢だと理解した。泣いている子を探しに行かなければ、とも。
「誰?誰か泣いてるの?」
私は眠い瞼を擦って布団から出ると(夢なのに眠いというのも凄い話だ)、その泣いている主を探しに出たのである。部屋の何処かであることは間違いない。耳を澄まし、私は声がキッチンから聞こえてくることに気づくのである。
テレビの上をふと見れば、あいいろちゃんの姿がない。泣いているのは、あいいろちゃんなのだろうか。夢の中ならば何でもありというものだ。
「あいいろちゃん?」
私はキッチンに踏み込んだ。電気もついていない部屋だが、キッチンはマンションの通路側の窓に面している。窓から差し込む月明かりで、想像していたよりも明るい。青白い光の中、こちらに背を向けて座っているあいいろちゃんの姿が見えた。月明かりに、艶やかな髪がキラキラと光ってとても美しい。
「……いないの」
やがて。甲高い、小さな子供の声がした。
「今度こそ、いると思ったのに。だから新しいおうちに来たのに、いないの。絶対会わせてくれるって言ったのに、嘘つき、嘘つき、嘘つき……。部屋中、どこを探しても、全然見つからないの……」
「見つからないって、何が?」
私は身をかがめて、思わず尋ねた。そして、そこにきて漸く異変に気づいたのである。
おかしい。何故、私は今“子供の目線にあわせるつもりで”しゃがみこんだのか。相手は人形だ。本来ならば――掌に乗る程度のサイズでしかないというのに。
「……そう、知らないふり、するの」
彼女は月明かりの下、ゆっくり振り返った。そして。
「そうやって、あの子を隠すの。……………返せっ!!」
次の瞬間。目の前に、“子供くらいの大きさの”人形の顔が目の前にあった。血走った目からだらだらと赤いものを垂らし、般若のごとく恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。
「ひいっ!」
私は尻餅をついた。それは、私の知る“あいいろちゃん”であるはずだった。それなのに。
一体、この悪寒はなんなのだろう。
彼女の髪の毛が顔にかかる。その手がゆっくりと私に伸びてくる。私はそれを振り払おうとして、左手を突き出し――。
その手に、彼女が触れた。そこで目が、覚めたのだ。
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