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「あの、あなた方は何者なんですか?」
「名前はねぇよ。人とか犬とか鳥とかって言う種族名で言うなら『スパルトイ』龍の口から撒かれしものって奴だ。生まれた瞬間から戦い合うような奴らだから『野蛮人』と呼ぶやつもいる」
「何だよこれ…… それこそ神話や童話じゃないか」
ティガは現状が理解出来なかった。いきなりギリシャ神話のカドモス王の龍討伐の世界に迷い込んでしまったのかと考えたのであった。すると、肩に刺さった舶刀を引き抜いたアルキオン船長が海賊男を後ろからフリントロックピストルで撃ち抜いた。
「大丈夫ですか?」
海賊男は血を吐きながら銀色に輝く湖の水を飲み干した。すると、傷がみるみるうちに消えていく。それにはティガもアルキオン船長も腰を抜かして驚いた。
「スパルトイ…… 俺たちのような龍の口から生まれた命はな、水銀を飲むと病気だろうと怪我だろうと綺麗に治るんだ。何故かは知らねぇ。俺たちの親みたいな龍も同じだからな。人の形こそしてるけど、中身は龍だと思うぜ? きっと」
それを聞いた途端にアルキオン船長は「嫌な予感」を体全体で覚えた。そう言えば、俺はどこで生まれたんだ? 子どもの頃の記憶が一切ない。俺は舶刀の使い方を誰から習ったんだ? 航海術も学んだ記憶がない。適当に女を買って大水痘を感染された時も水銀を飲んで完治させた、舶刀で切られたあとも水銀を飲んで…… 疑問に思ったアルキオン船長はスパルトイたちに尋ねた。
「なぁ? 俺は誰なんだ?」
スパルトイたちは「はぁ?」と言った極めてどうでも良さそうな素振りを見せる。
「知らねぇよ。水銀で傷が治るなら俺たちの仲間、傷が治らなければ人間のくせに野蛮な単なるロクでなしだ。ま、俺たちは一応は人間と同じ姿形をしてるからな、人間と子どもだって作れる。俺たちの何代か前の子どもの子どもである可能性もあるがな……」
俺は人間だ! 自分は人間ではなく海賊と言う名の生き物だと息巻いていたアルキオン船長が始めて弱気になった瞬間であった。俺は何もない野蛮人として生まれただけの生き物じゃない…… ちゃんとした人間なんだ! アルキオン船長は恐る恐る水銀の池の水を飲む。アルキオン船長の肩の傷が嘘のように引いていく。傷は瞬く間に塞がっていく。数秒後には傷跡は完全に消え去っていた……
そう、このカリブ海を荒らす海賊たちは龍の口より生まれしスパルトイのことである。
傷や病気が水銀で治るだけの龍の体の構造をもった人の形をしただけの野蛮人。
何もない、人に害を及ぼすだけの生き物。それ以上でもそれ以下でもない。
自分がスパルトイであったことを知ったアルキオン船長の精神は壊れた。自分が何者でもない事実を知り虚ろなる人形同然の人間になってしまったのである。
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