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「あなた、霧が深いようですけど大丈夫なんですか。揺れも酷いし……」
「おいおい、揺れが酷いのはサウサンプトンを出てすぐからじゃないか。安全であることは自慢の船員に確認してきたよ。大丈夫だ」
「まぁ、あの方たちが言うのなら。良かったわね、ティガ」
ポイ・ステーのドレススカートを掴む少年がいた。少年の名前はティガ・ステー。二人の間の息子で十二歳の少年である。英国の親戚に預けられる予定だったが、ティガの「父上母上と別れたくない」と言う強い希望で、家族三人でマイアミへ行くことになった。
航海が始まった当初は毎日船酔いで嘔吐を繰り返していたが、慣れた今となっては自由に船内を歩くようになっている。外見は天使エロスの成長した姿を思わせる程の美しい少年である。船員からもその美しい外見からドルオーラ号のマスコットのように扱われ大層可愛がられていた。最近では極めて退屈な航海生活の暇つぶしとしてショートソードの扱いを剣術の心得のある船員のミヨシから習っている。
「ねぇ、父さん。このマイアミってとこにはいつ到着の?」
「サウサンプトン港を出てから毎日のように聞いているではないか。ティガ、お前は本当にせっかちだな」
「だって、早くこの船降りたいんだもん。ミヨシと木剣を打ち合うのも飽きてきたよ」
「うーん、後十日ぐらいだろうか。大熊座と小熊座も大分遠くなっている」
「十日もかかるの~」
ティガは溜息を吐きながら丸窓の外を眺めた。窓の外から見る風景は見渡す限りの海・海・海! たまにイルカはクジラが海面から浮き上がり「すげーすげー」と、驚くものの回数を重ねすぎ、いつしか無感動になっていた。
どうせ出てくるなら童話に出てくる怪獣でも出てきやがれと思いながら窓の外を見ていると、遥か遠くの海面に黒い影が見えた。
「父上、ずーーーーっと先に黒い影が見えるよ」
「鯨か?」
「違う。鯨はあんなに大きくない」
「おいおい、鯨より大きいとはどういうことだ。夢でも見たのではないか」
ツカイ・ステーは懐から望遠鏡を取り出し、窓の外を眺めた。フォーカスノブをくるくると回し、倍率を上げティガが黒い影を見たという海面に合わせる。倍率を最大まで上げたところでツカイ・ステーは腰を抜かして尻もちを突き床に倒れ込んだ。
「ち、ちちうえ……?」
「あなた、どうなさったんですか?」
「か……」
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