1.藤森神社の紫陽花

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 東屋を出て、再び紫陽花の間の散策路に戻ると、 「あんたは子供が好きなのか?」 誉さんにそう尋ねられた。 「好きですよ。可愛いですよね」  笑顔で答える。すると誉さんは、 「あんた、家庭的だから、いい母親になりそうだな」 と笑った。その言葉にドキッとする。 (母親っていうことは、結婚して、旦那さんがいるってことだよね。それって……)  ちらりと誉さんの顔を見上げると、いつもどおりの飄々とした表情で、先程の言葉の真意は見えない。 (誉さん、優しいお父さんになりそう。……私、お母さんになるなら、誉さんの子供がいいです)  心の中で妄想し、頬が火照った。 「しかし、今日は天気がいいから暑いな。あんたも顔が赤いぞ」 「そ、そうですか?」  誉さんに指摘されて、動揺し、ますます顔が熱くなる。 「6月とはいえ、熱中症には気を付けねぇとな。藤森神社を出て、少し行ったところに、茶屋があるから、休憩しに行くか」 「はい」  紫陽花苑を出る時、ふと、先程の母子が気になって東屋を振り返ると、2人のそばに、先程はいなかった女性が立っていることに気が付いた。年齢は、30代前半といったところだろうか。長い黒髪と、藤色のワンピースが印象的だ。 (綺麗な人。さっきのママさんの知り合いかな?)  実は、ママ友同士で、紫陽花見物に来ていたのかもしれない。それにしては、彼女が苑内にいた気配はなかったが――。 (そう言えば、東屋の写真は撮ってなかったな。人がいるけど、まあいいか)  私は、何気なく、東屋の写真を撮った。 「愛莉。行くぞ」  私がスマホで写真を撮っていると、誉さんが急かした。誉さんは既に、紫陽花苑の出口を潜っている。 「あっ、すみません」  私は慌てて誉さんの後を追うと、紫陽花苑を出た。 *
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