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東屋を出て、再び紫陽花の間の散策路に戻ると、
「あんたは子供が好きなのか?」
誉さんにそう尋ねられた。
「好きですよ。可愛いですよね」
笑顔で答える。すると誉さんは、
「あんた、家庭的だから、いい母親になりそうだな」
と笑った。その言葉にドキッとする。
(母親っていうことは、結婚して、旦那さんがいるってことだよね。それって……)
ちらりと誉さんの顔を見上げると、いつもどおりの飄々とした表情で、先程の言葉の真意は見えない。
(誉さん、優しいお父さんになりそう。……私、お母さんになるなら、誉さんの子供がいいです)
心の中で妄想し、頬が火照った。
「しかし、今日は天気がいいから暑いな。あんたも顔が赤いぞ」
「そ、そうですか?」
誉さんに指摘されて、動揺し、ますます顔が熱くなる。
「6月とはいえ、熱中症には気を付けねぇとな。藤森神社を出て、少し行ったところに、茶屋があるから、休憩しに行くか」
「はい」
紫陽花苑を出る時、ふと、先程の母子が気になって東屋を振り返ると、2人のそばに、先程はいなかった女性が立っていることに気が付いた。年齢は、30代前半といったところだろうか。長い黒髪と、藤色のワンピースが印象的だ。
(綺麗な人。さっきのママさんの知り合いかな?)
実は、ママ友同士で、紫陽花見物に来ていたのかもしれない。それにしては、彼女が苑内にいた気配はなかったが――。
(そう言えば、東屋の写真は撮ってなかったな。人がいるけど、まあいいか)
私は、何気なく、東屋の写真を撮った。
「愛莉。行くぞ」
私がスマホで写真を撮っていると、誉さんが急かした。誉さんは既に、紫陽花苑の出口を潜っている。
「あっ、すみません」
私は慌てて誉さんの後を追うと、紫陽花苑を出た。
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