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手際よく調理をしていると、再び、カランとドアベルが鳴った。ホールには愛莉さんがいるので、僕が出る必要はないだろうと思っていたら、
「あっ!阿形君と吽形ちゃん!」
愛莉さんの弾んだ声が聞こえてきた。
(阿形君と、吽形ちゃん?もしかして……)
予想した人物なら、キッチンに引っ込んでいるのは失礼だ。ホールに出ると、やはりそこにいたのは思っていた通り、賢そうな目をした小学校低学年ぐらいの男の子と、そっくりの顔をした女の子だった。――大豊神社の阿吽の狛ねずみの化身だ。
「遊びに来てくれたの?」
愛莉さんが嬉しそうな笑顔を見せると、阿形と吽形の狛ねずみは「うん」と頷いた。
「先日、愛莉さんがお社に来られた時にいただいたシフォンケーキが美味しかったので、食べに来ました」
「あれって、颯手さんの手作りだったんでしょ?」
阿形と吽形の狛ねずみが、キラキラした目で僕を見る。
(そういえば、こないだ、シフォンケーキが余ったから、愛莉さんにあげたんやっけ)
「無駄にするのはもったいないし、持って帰ったらええよ」と持たせたのだ。それを愛莉さんは大豊神社に持って行き、神使たちと食べたのだろう。「愛莉さんは優しいなぁ」と思うのと同時に、彼女がまだ神使たちの姿を見ることができて、ほっとする。そして、そんな風に考えてしまう自分に苦笑した。
(愛莉さんは誉のもんやのに。――でも、完全にそうなってへんのなら、僕にもまだチャンスはあるんやろか……なんてね)
「阿形君、吽形ちゃん。いらっしゃい。わざわざケーキを食べに来てくれておおきに。すぐに用意するし、好きな席に座っといて」
狛ねずみたちに声をかけ、キッチンへと戻る。
「誉さん、こんにちは」
「こんにちはー!」
「おう、久しぶりだな」
狛ねずみと誉の会話が聞こえてくる。
無邪気な2人が来てくれたことで、愛莉さんの緊張も解けたようだ。ホールから4人の楽しそうなお喋りが聞こえてくる。
僕は作りかけだったサンドイッチを完成させ、シフォンケーキを皿に盛り付けて生クリームを添えると、コーヒーとオレンジジュースと一緒にトレイに乗せ、キッチンを出た。
大きな窓越しに、『哲学の道』の疏水と桜の木が見える。人と神様のお使いが仲良くすごしている光景を見て、桜小径の『Cafe Path』は不思議な喫茶店になってしまったなと思った。
(楽しいから、ええけど)
「お待たせ」
4人が談笑するテーブルに歩み寄る。
見える僕と、誉と、愛莉さん。そんな3人のいつもの日常を心地よく感じながら。
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