戦えない、私

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

戦えない、私

 竜は無事に討伐されたが、その日の夕食は最悪だった。  気晴らしに付けたテレビのニュースもただのBGMにしかならない。  隊長は遠慮なく私を責める。私も全力で言い返す。 「なぜ、避難しなかったんだ」 「避難はしましたよ! ……すぐにじゃなかったけど」 「ほらみろ。もう少し自分を大事にしろ」  堂々巡りだ。容赦なく麻婆豆腐は冷めていく。 「隊長は過保護なんですよ。あかりや皆が危険な目に遭っているのに、自分だけ安全な場所にいるなんてできません!」 「……俺は、お前の祖父からお前を託されたんだ。みすみす危険な目に遭わせてたまるか」  そう言って、麻婆豆腐をかきこむ隊長。すぐに、うっと呻いた。 「お前、わざと激辛にしたな……」 「はて、なんのことでしょう?」  とぼけた顔で水を差し出す。隊長はそれを一気飲みした。私は麻婆豆腐をかきまわしながらため息をついた。 「……どうして、私を戦わせてくれないんですか?」  学校の授業では問題なく飛行できている。戦闘も問題ない。  なのになぜ。 「飛行服を作れるのは、あの人から技術を学んだお前だけだ。失うわけにはいかない……といっても納得してなさそうだな」  言い返そうと、私が膨れながら口を開いた。その間隙を狙ったかのように――テレビからあるニュースが流れた。 『合衆国で本日3人の死刑囚の死刑が執行されました』  弾かれたように二人でテレビを凝視する。 『近日中に都市に竜が現れる見通しです。各都市の飛行隊は警戒態勢をとってください』  正直またかという気持ちで一杯だ。  世界は《徳》を中心に回っている。  大昔、来世と魂が科学的に観測された。東洋の宗教観である輪廻転生が確実に存在すると確認された今、気になるのは自分の来世だ。  いったい自分は『来世何になるんだろう』。羽虫か、家畜か、それとも人間か。  それは自分の行いでしか測れない。だが、誰だって来世人間になりたいのだ。  そのため、社会の仕組みが、善行を重ねることを目的として目まぐるしく変わっていった。  ブラック企業は撃滅し、汚職は激減し、寄付が増え、経済は好循環した。世界は確実に幸せに向かっていた。  その一方で、拭いきれない罪を犯し、来世竜になるものが出てきた。竜は現世に現れ、恨みを晴らすように都市を破壊する。人間たちを殺す。  その蛮行を阻止するために結成されたのが、《金鹿隊》をはじめとする飛行隊だ。飛行服を纏い、戦闘機に変身できる少年少女。竜と戦うための組織。  なんで少年少女なのかは知らない。子供の方が運動神経がいいからだとも、飛行服との適合性が高いからだともいわれている。  隊長がしかめ面でつぶやいた。 「また警戒態勢か。シフトがきつくなるな」 「私をシフトに入れてもいいんですよ」 「……」  隊長は、もはや相手にするのも疲れたらしい。無言で麻婆豆腐をかきこんでいる。  私もため息をついて、食事に集中する。本当に隊長は過保護だ。  □□□ 「くそっ、また落とされた!」 「誰か、つばさを止められる奴いないのかよ!」  オープン無線からは敗者の悔しがる声。私は飛びながら次の獲物を探す。空は十機ほどがひしめき合っているが、私からすればまだ空は広い。  旋回しきれなかった一機を追尾し、背後をつく。  それから、ペイント弾のバルカンをしこたまお見舞いしてやった。尾翼側からコクピットまで。追い抜きがてら一文字にバルカンが火を噴く。  ……撃たれたやつは、戦闘不能判定を受けて空域から離脱していった。 (あと九機……)  昨日の八つ当たりがてら、全機落としてやるつもりだった。 「今日のMVPは伊藤つばささん、撃墜数十五機でした。それでは今日の訓練を終わります。みなさんお疲れさまでした」  学校の飛行術の先生が、にこやかに授業の終了を宣言する。  みんなの飛行服はペイント弾でドロドロだった。無傷なのは《金鹿隊》エースのあかりくらいのものだ。私は少し掠って、右足に赤い塗料が付いている。  着替えるためのロッカールームには、誰よりも早く入るようにしている。  何故って、私の悪口大会が開かれる前に退散したいからだ。  圧倒的戦果を誇る《金鹿隊》の面々が、一度も戦場にでたことのないド素人に負けるのはいたくプライドを刺激するらしい。  しかし、今回は予定が狂った。飛行術の先生に「早く戦場にでるように」と説得を受けていたからだ。  竜によって撃墜され、死んでいく生徒たちは後を絶たない。なので、より高い戦力をいつまでも遊ばせておく余裕はないというのだ。  曰く、戦力の高い生徒は全体の生存率を底上げする貴重な存在で~云々。    まったくもってその通りだ。先生にはむしろ鹿島隊長を説得してほしい。  ……と進言してみたら、渋い顔をされた。とっくに説得はしたらしいが、うまくかわされたとのこと。  なぜ隊長がそんなに私を出撃させないことに意固地なのか、先生も分からないらしい。  何はともあれそのせいで、完全に出遅れた。悪口タイム中のロッカールームの外で私は固まった。 「ったく、あんだけ殺せるのに、なんで戦場に出てこないんだよ!」 「隊長のお気に入りだからじゃね? 《金鹿隊》の『鹿』は鹿島隊長の『鹿』なんだから、もう私情入りまくり。どうせつばさからお願いしたんだろ。『私を戦場に出さないで、こわいの~』って」 「飛行服作りなんて、技術あれば誰でもできるんだろ? 自分にしかできないなんて厨二くさいこと言って言い訳するなんて、ばっかじゃねーの」  思わず耳を塞いで、壁を背にしゃがみ込んだ。  違う、私は戦場に出たいんだ。飛行服が自分しかできないのも嘘じゃない。普段着にも外出着にも使える飛行服は私にしか作れない。  生地加工技術は私だけのものだ。 (なんでうまくいかないんだろう)  戦場に出してくれないことも、仲間内でどんどん立場の悪くなることも、もう私にはどうしようもできない。 (なんかもう、疲れちゃった……)  うなだれていると、不意にフライトブーツの靴先が視界に入った。 「どうしたの、つばさ! 具合悪いの?」  ビクッと肩が跳ねる。見上げるとあかりだった。慌ててしーっと口の前に指を立てる。  幸いロッカールームの中にまで、あかりの声は聞こえていないようだった。悪口を話題の本人が聞いてたなんて、お互いに気まずいことこの上ない。  声を潜めて答える。 「……具合は悪くないよ。授業ではしゃぎすぎて疲れただけ」  あかりは首を傾げた。 「なら、早く着替えた方がいいんじゃないかな。ほら早く、ロッカールーム入ろう?」  あかりに手を引っ張られる。 「いや、いまはちょっと……」 「? なんかあるの? ロッカールームに」  私がどう差し障りのない嘘を言おうと考えてると、……当のロッカールームからでかい声が飛んできた。 「――だからさ、つばさは授業でだけイキがってる無能だよ。そうじゃなきゃ、戦場に出てこれない臆病者さ」  あかりの顔が般若になるのを、初めて見た。 「なんですってこの――!」  怒り心頭のままロッカールームに乗り込もうとするあかりを、羽交い絞めにした。 「ストップストーップ!」 「っ、なんで?! つばさは悔しくないの!?」 「悔しいよ! 悔しいけど、ああ言いたくなるのも分かるんだ……」  血を吐く思いで、思いの丈を吐き出した。あかりはひるんだようだった。 「つばさ……」 「どんどん学校には生徒がいなくなって、明日死ぬのは自分かもしれないと皆が思っている。どんどん学校が荒廃していって、皆殺気立ってる」 「……」 「そんな中、戦場にも出ずに、後方でぬくぬくしている同級生がいたら、悪く思うのも当然だよ。しょうがない……」  あかりは痛まし気に首を振った。 「違うよ、つばさ。つばさはちゃんと仕事をしてる。《金鹿隊》全員の飛行服のメンテも作成も、死に装束作りもしっかりやってくれるじゃない。自分の役目をちゃんと果たしてる人の悪口を言う権利はどこにもないよ」  そういってあかりは私を抱きしめた。  いつの間にか涙がぼろぼろ出ていて、自分でも驚く。 「泣かないで。ちゃんとつばさが頑張ってるのは私が知っているよ」 「でもでも、私の仕事は命張ってるみんなに比べたら、そんなに大したことじゃなくて……」  しゃくりあげながら言い募る。頭がぐちゃぐちゃで何も考えられない。  あかりは笑いながら言った。 「大したことだよ! つばさのおかげで、私たちは竜とも戦えるし、どんなに遺体がぐちゃぐちゃでも綺麗な死に装束を着せて見送ってもらえる。それがどんなにありがたいか。最期までつばさのお世話になりたいって人はたくさんいるんだからね」  あまりに予想外の言葉を聞いたせいで、私は泣くのをわすれてきょとんとした。 「……そうなの?」 「そうなの! 自分のことは案外気付けないものよ」  あかりは私の涙の痕の残る頬を、その両手でそっと包むと、私としっかり目を合わせた。 「もっと自分の仕事に誇りを持ちなよ。……そうだ、今度新作の死装束出してよ。白一色じゃなくてさ。つばさの刺繍ならもっと綺麗な死に装束できると思うんだ。特に私の死に装束は花の刺繍がいいな」  ね? とあかりは笑顔でお願いしてくる。  私は言葉に詰まった。  頷きたい。それがあかりの頼みなら、なんとしてでも。  でも……。 「ごめん、あかり。それはできないの。死に装束は白一色じゃないと駄目で。刺繍も他にどんな模様も染めも禁じられてるから」  ごめん、と謝ると、あかりは首を振った。 「ううん、じゃあ仕方ないね。でも代わりに外出着にも使える飛行服でフェミニンなの作ってくれる? こんな可愛いつばさの隣に立っても恥ずかしくないやつ」  そういってあかりは私の頬っぺたをむにむにと引っ張った。 「わ、私は、可愛くないって! むしろあかりの隣に立つのにこっちが着飾んなきゃいけないんだから」 「ふふふ。可愛いなぁつばさは」 (可愛くないって言ってるのに、もう!)  いつの間にか落ち込みは消えて、私の心内はもうあかりの新しい飛行服でいっぱいだった。本当にあかりはすごい。いつも私に安らぎをくれる人。 「ありがとう、あかり」 「ん、どういたしまして」  あかりのおかげで、今度こそロッカールームに入れそうだった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!