怒りと共に、竜と踊る

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怒りと共に、竜と踊る

 あかりが最期に見た景色を見たい。  そう言って、鹿島隊長を困らせた。勿論許可は出なかった。もとより期待してなかったが、隊長を憎んでしまいそうだった。  哨戒班班長に口を利いてもらって、隊長に内緒で哨戒班に入れてもらった。 「……それ、あかりのフライトジャケットか?」  学校の屋上から飛び立つ前、班長が遠慮がちに聞いてきた。 「うん、ご家族から形見分けでもらったの。ふふ、ぴったりでしょ?」  そう言って笑うと、班長は痛まし気な顔をした。……なにかおかしかっただろうか? 「お前、ちゃんと食って寝てるか? 顔色悪いし、隈も濃い。そんなんじゃ、隊長じゃなくても心配するぞ」  私は自分の顔に手を当てた。ざらざらした皮膚が、手を引っ掻いた。 「……そんなにひどいかな」 「憔悴した顔っていうんだろうな、そういうの。国語の小説で読んだ。未亡人の話だったけど」  未亡人、ね。笑えない冗談だ。  私は首を振って、気持ちを切り替えた 「班長そろそろいこう?」 「おう、あんまり無理するなよ。お前に何かあったら、隊長に怒られるのは俺なんだからな」 「わかってる。無理を聞いてくれてありがとう」  班長は頷いた。皆を集めて、整列させる。私は一番後ろの端っこに並んだ。 「哨戒とはいえ気を抜くなよ! この間の死刑囚たちはまだ全員竜になってない。また不意打ちで現れるかもしれないからな。警戒を怠るな!」 「「「はい!」」」  班長が檄を飛ばし、班員は全員で応じた。隊長一人と班員四人に私が加わって六人。みんな学生とはいえ、歴戦の戦士だ。 「よし、出発!」  隊長が一番に走りだし、全員がそれに続く。六人は一斉に学校の屋上から飛び降りた。  落下の瞬間、心臓が一瞬縮み上がる。このまま落ちたら死ぬのだろうか。 その思いは杞憂だというように、フライトジャケットが変形をはじめる。  腕に纏わりつく鉄の感触。がっちりと固定される両腕。流れる合金が顔を覆い、バイザーになる。視界に計器類が映った。  変形を終えると、もう自分は戦闘機だ。  バーナーをふかし、大空へ飛び立っていく。同じく変形を終えた五機と編隊を組んで、今日の哨戒ルートへ向かった。……奇しくも、あかりが撃墜された空域だった。    これが、あかりが最期にみた景色か。  吸い込まれそうな青空に、あかりも惑うことがあったのだろうか。  守るべき街は真下に広がっている。白くたなびく雲を、頼れる仲間たちと共に突っ切った。まるで生身で空を飛んでいるかのような、解放感。  じわりと涙が出てくる。少し安心する。あかりにはせめて綺麗なものを見て欲しかったから。この空の青さを前に、わずかでも安らぎを感じていられただろうか。  無線から、その感慨を一瞬で破る声がした。 「レーダーに竜の反応!」  ざわりと、一瞬で鳥肌が立った。レーダーには確かに、巨大な影が映っている。  会敵まであと少し。  今度は班長の声。 「つばさ! お前は空域を離脱しろ!」  予想外の命令に、思わず素っ頓狂な声が出た。 「な、なんで!」 「お前に戦わせたとなれば、今度こそ俺が隊長にどやされるからだ!」  そんなこと言ってる場合か! 必死に言い返す。 「馬鹿言わないでよ! 今は一人でも加勢が欲しいときでしょ! 私の飛行術の成績知ってるくせに!」 「実戦と学校の授業じゃ違うんだよ! こちとら遊びじゃないんだ!」 「私だって命懸ける覚悟なんかとっくにしてるわよ!」  ぎゃあぎゃあと言い合ってると、今度は別の班員が割って入ってきた。 「やってる場合ですか! とにかく班長は指揮を。つばさは、本部へ応援を要請してください!」  強い口調に、思わず二人とも従ってしまう。 「わ、わかった」 「ご、ごめんなさい」  とにかく、無性に戦いたかった。 □□□  雲間から現れた竜は、目にまばゆいオレンジ色をしていた。まるで合衆国死刑囚の囚人服の色のようだった。大きさは、百メートル以上。  バカでかい。竜の大きさは、人間だったころ犯した罪の大きさに比例すると言われているが、なるほど、生前は凶悪犯だったらしい。  いや、もう冷静に傍観している場合じゃない。  確かに五機の連携は見事だ。だけど周囲を飛び回るばかりで、攻めあぐねているのが分かる。  いつもなら海に誘導して、そこで落とすらしいのだが、この竜はなかなか街の上空からどかなかった。もう少し戦力が必要だ。  なにより腹の底がチリチリと疼きを上げて仕方なかった。こいつらのせいであかりは死んだのだ。目の前が赤くなる。ぶっ殺したい。 「班長、加勢するよ」 「……ッ、ああ頼む!」  その言葉を待っていた。  私は太陽に向かって駆け上った。竜がまぶしさで私を見失う。その瞬間、反転急降下! ミサイルの狙いを定め、喉あたりの、たった一枚の鱗めがけてミサイルを発射する。  命中!  竜が怒りで濁った叫びを上げる。私を睨みつけて、追ってきた! 狙ったのは逆鱗、だ。竜の急所であり、ここを触られるとどんな温厚な竜も激高するという。  ああ、考えてる暇もない。上も下も分からないほど、必死に逃げ惑う。  ――確かに学校の授業とは違う。圧倒的なプレッシャーで潰されそうだ。後ろに生臭い吐息を感じる。追いつかれたら、一噛みであの世逝きだ。  それでも必死に逃げて、――海についた。  ここまで来ると遠慮する必要もない。哨戒班の五機も一斉に攻撃を始めた。  私も、ありったけのミサイルを逆鱗に正確に叩き込む。バルカンで目を焼き、口の中にもミサイルを放り込んだ。死ね死ね死ね死ね! 「すげぇな。鬼のようだ……」  誰かが恐れるようにつぶやいた。  どうでもいい。竜は死ねばいい。全部、全部死ねばいい。  ぐちゃぐちゃの肉塊だったあかりの感触を思い出す。可哀想に。可哀想に。  たった一つの殺意の塊となる。    竜が弱ってきた。怯えたように身をくねらせる。逃げようとする。追いすがる。 「逃げるな! 戦え! 戦えよ!」  弱い生き物には強気で、自分が劣勢になると哀れっぽく逃げる。こんな生き物にあかりが殺されたとは思いたくはなかった。  もう、いたぶるのはやめだ。殺す、殺す!  バルカンの照準を逆鱗に合わせる。ミサイルで散々に穴をあけた、その傷口めがけて……。今まさに―― 「?!」  発射ボタンを押したとき、射線に誰かが割り込んできた。  慌てて銃口をそらすも、バルカンはもう発射されてしまった。一秒百二十発。誰かにむかって吸い込まれていく……。  尾翼に三発、穴が空いた。一瞬後、ぱっと戦闘機から赤い血が流れだす。 「た、隊長ッ!?」  無線から、班長の叫び声が聞こえた。  確かによく見ると、『誰か』は隊長機だった。血を滴らせた隊長機――。 (うそ、なんで。隊長が……)  目の前が真っ白になる。なんてことを……。呆然と思考が凍りつく。  隊長機は数瞬、ふらついていた。  しかし、立て直してまっすぐに竜に突っ込むと、ミサイルで逆鱗のえぐられた傷を正確に爆破した。  竜は最期の咆哮を上げて、力尽きた。ふらりと巨体が傾ぐと、浮力を失い、海面に落下していく。  天にまで届かんとする、すさまじい水しぶきを上げて竜は海中に沈んでいった……。 □□□ 「お前、竜を、殺していない、だろ、な……?」  無線から聞こえてきたのは、痛みに耐える隊長の喘ぎ声だった。  お前って、私のことだろうか。口が凍ったように動かない。返答したのは班長だった。 「だ、大丈夫ですか、隊長!? 尾翼ってことは撃たれたのは足ですよね! 早く帰投しましょう」 「悪い、おれが聞いてるのは、つばさ、だ。お前は、竜を、殺してない、よな……?」  名指しで水を向けられて、ようやく口が回り始めた。 「ッ、はい! 竜を仕留めたのは隊長です。私は殺していません!」 「そうか、……は、おまえは、絶対に殺すな、頼む、から……」  なぜか泣きそうな声だった。  私が竜を殺すと何かあるんだろうか? いや、今はそんなことどうでもいい。隊長を、隊長を、撃ってしまった。私は呆然と謝った。 「隊長、撃ってしまって……、その、すみません」 「射線に、俺が割り込んだのが、悪い。気にするな……」  気にしない、わけがない。本当に頭が真っ白だ。  私はあかりに続いて、隊長まで失うところだった。それも自分の手で……。悔やんでも悔み切れない。  隊長は優しい声で言った。 「よくやったな、皆。さぁ、帰ろう」  苦しいだろうに、何でもないように帰投を促す隊長。私は意気消沈して、隊列に加わった。  胸が苦しくて仕方なかった。
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