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竜の正体
あれから、私は哨戒班に正式に加わった。竜を絶対に殺さないことを条件に。
友軍誤射の件は隊長自らが、自分が悪かったと正式に発表したが、皆には少し遠巻きにされた。
……どちらかというと、私の戦場での鬼めいた気迫におびえているらしい。班長が笑いながらそう教えてくれた。
私はしばらく、気の抜けたように哨戒を行った。
竜に対する憎しみはまだ心のどこかにくすぶっていたが、隊長を撃ってしまった時の身も凍るような恐怖を思い出すと、冷や水を浴びせられたように火が消えた。
あかりを亡くした上に、隊長まで失ってしまったら……。わたしは……。
その恐怖に、夜中、何度も飛び起きた。
嫌だ。何を無くしても、それだけは嫌だった。隊長まで失ったら、私は一人だ。
耐えられない。
だから、だから――隊長は絶対に守ろう。
竜なんか……どうでもいい。
どうせ復讐しても、あかりは帰ってこないんだ。もう、隊長さえ生きてくれればそれでいい。
そう決心してからは、強かった。竜に対する止めは隊長や仲間が請け負ってくれて、私は仲間を守ることと竜を追い込むことだけに集中できた。
《金鹿隊》の生存率は目に見えて上がった。以前飛行術の先生が言っていた、『戦力の高い生徒は全体の生存率を底上げする』というのは本当だったらしい。
あの時のように、ロッカールームで私の悪口を言う人はもういない。みんなに受け入れてもらえて、私は安心した。
隊長も複雑そうながら、「よくやった」と褒めてくれることが増えた。
こうして、私が死ぬ最期の時まで、私は竜をただの獲物として見ることができると思っていた。
あの時まで――。
□□□
「レーダーに竜反応! 会敵まであと1分」
間の悪い竜だ。よりによって、《金鹿隊》が全員揃っている時に現れるなんて。
憎しみでいっぱいだった数か月前とは違って、今は竜を哀れむ余裕さえある。今度も竜を追い立て、海上で撃ち落とすだけだ。
けれども油断はしない。いつも通りにやるだけだ。ぐっと操縦桿を握りしめる。
ところが、いざその竜を目にした途端、どくんと心臓が嫌な音を立てた。
誰かが無線で、きょとんとした声を上げた。
「なんだあの竜、……花の模様か?」
白い竜だった。純白の鱗が日の光を反射し、艶やかにきらめいていた。
その竜の右ももから背中にかけて、紫の花の紋様が咲いている。……スミレの花だ。
私が、あかりの死に装束の裏地に刺繍で描いた、あのスミレ、そのままだった。
「……ッ!」
心臓の鼓動がどんどん早くなる。嫌な予感が私の身体を縛っていた。
(まさか、……。いやだ、やめて……!)
なんで、死に装束は白しか認められておらず、いかなる模様も染めも許されないのか。
どうして祖父は、死に装束の理由を教えたがらなかったのか。
隊長が私に竜を殺させなかったのはなぜなのか。
――その竜を見た時、全ての糸が繋がった気がした。
死に装束に模様や染めを許さなかったのは、竜になった時、その模様や色が竜の体表に現れるからだ。
祖父が死に装束の理由を教えてくれなかったのは、《金鹿隊》の殉職者が竜になる事実が、子供には酷だと思ったからだ。
隊長が私に竜を殺させなかったのは、かつての仲間を私の手で討たせることを惨いと判断したからだ。
もしも、もしもそうなら、……あの竜の正体を、私は知っている!
(あの竜は、……まさか、――あかり!?)
そう判断した途端、私の身体は発作的に動いた。……竜を狙っていた仲間に向かって威嚇射撃をしたのだ。
「――ッ。てめぇ、つばさ! 何考えてやがる!」
辛うじてロックの音に気付いて避けた仲間が、無線で怒鳴る。
私も、ヒステリックに怒鳴り返した!
「だめ、竜を撃たないで! あの竜は、あの模様は――!」
「それだけは言うな!」
鹿島隊長が、割り込んで叫んだ。と、同時に頭がくわんと揺れた。力が抜ける。
「……ッ、なに」
隊長が私だけに聞こえるように、無線を絞った。
「お前の機体に仕込んでいた脱力ガスだ。誰か一人を付けるから、お前は本部に帰れ」
「隊長! あれはあかりなんです! 証拠もあるんです! 殺さないで、殺さないでください……」
涙が溢れて止まらない。なりふり構わず嘆願する。頼むから、あかりをもう一度殺すことなんてしないで――!
帰って来た答えは、惨いものだった。
「――悪い、それは無理だ……」
「!」
反射的に震える手で、ミサイル発射ボタンを押す。隊長めがけて一直線に飛ぶソレは、隊長が撒いたチャフであらぬ方に飛んでいく。
無線から皆の驚愕する声が聞こえる。
「つばさが乱心した!」
「やべぇって。竜だけで手いっぱいなのに、つばさまで暴れ出したら……!」
暴れる力なんか、残ってない……。意識を保つだけで、精一杯だった。
くそ、皆をと、めない、と……。
「……つばさは俺が連れていく。皆は竜を海上まで誘導しろ。すぐ戻る」
隊長の声を最後に私の意識は途絶えた。
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