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真実
目が覚めたら病院だった。しかも一人部屋。
起き上がろうとして、手足が拘束されていることに気付く。
暴れようとして、……すぐにどうでもよくなった。
泣きつかれた後のように、奇妙に気分が落ち着いている。きっと点滴に鎮静剤が混ざっているに違いない。
(――あかり)
あれから、あの白い竜は討伐されたんだろうか。あかりは二回も殺された。それも元の仲間に……。
じわりと涙が浮かぶ。死にたくて仕方なかった。可哀想なあかり。できることなら、あの時あかりに殺されてしまいたかった。
あふれる涙が、枕に吸い込まれていく。
ガチャ、と扉が開いた。
「目を覚ましたのか?」
「……最悪な気分ですけどね」
声でわかった。隊長だ。
部屋の入口に視線を向けると、紙袋を手にした隊長が緊張した顔で立っていた。
「話がしたい」と、隊長は言った。
望むところだ。
頷くと、隊長はベッドのそばの椅子に座って私の顔を覗き込んだ。
「顔色が悪いな……」
「もっと悪くなりそうな話を持ってきたくせに?」
動かない身体で睨みつける。隊長はため息をついた。
「なるほど、もう察しはついてるのか」
私は静かに首を縦に振った。
「でも全部分かるわけがない。答え合わせしてくれませんか」
「言ってみろ、お前の推測を」
私は口を開いた。
あの白い竜、――つまりあかりは、また殺されたこと。
白い死に装束しか許されなかったのは、竜の体表に模様が出るのを防ぐため。
そして芋づる式に《金鹿隊》の死者が竜になることが明らかになるのを防ぐため。
隊長が私に竜を殺させなかったのは、かつての仲間を私の手で討たせない温情のため。
理由も含めて、全て語り終わった時、隊長は深いため息をついた。
「おおむね正解だ。つばさは鋭いから、バレた時戦場で暴れないように、機体に脱力ガスなんて仕込んだが、……俺の先見の明も大したもんだ」
「認めるんですね」
「ああ。……少し俺の話を聞いてくれ」
私は無表情に促した。
「お前の察しの通り、竜を殺すことは大罪で、竜殺しはもれなく来世竜になる。つまり《金鹿隊》で竜を殺したものは、竜に生まれ変わって俺たちに殺される運命だ」
「!」
確定的な言葉に思わず息を呑む。握りしめた手に爪が食い込む。
隊長は淡々と続ける。
「竜を殺すための飛行隊に子供しかいないのも、それが関係している。子供は生きた時間がまだ短いからな。大人に比べて罪を犯していない。竜は犯した罪に比例して巨大になるなら、子供の方が竜殺しに向いている。死して竜に転生してもサイズが小さくて済むからな」
睨みつける私に、隊長は暗く笑った。
「もっと嫌なことを教えてやろうか……《金鹿隊》の名の由来を知ってるか?」
「……隊長の名字、『鹿島』の『鹿』の字を取ったものじゃないんですか?」
隊長は首を振った。
「《金鹿》を縦に書くんだ。すると『鏖|(皆殺し)』という字になる。――俺はこの部隊に所属する人間が竜になれば、その竜を鏖にする。そういう覚悟で名付けた名だ」
「――ッ!」
思わず絶句する。
「じゃあ、私たちは隊長に、仲間に殺されるために、竜を殺すんですか!?」
「違う。《金鹿隊》は市民を守るための組織だ。その目的に偽りはない。……ただ、全員死ぬことを運命づけられた隊というだけだ」
――怒りが、怒りが湧いてくる。
「そんな、そんなのって……!」
怒りで興奮している私をみて、隊長は寂し気に笑った。
「でも、そんな運命から逃れさせてやりたいって思うやつが一人現れた……」
「……!」
竜を殺せば、来世竜になる。その運命から逃れるには……?
――《金鹿隊》で唯一竜を殺してない人物。そんなやつ、一人しか……。
「そう、お前だよ」
隊長がかたくなに私を戦わせなかったのも、竜を殺そうとする寸前に身を挺して割って入ったのも、全部そのため……? 最初から?
絶句したままの私の頭を撫でると、隊長は立ち上がった。
「俺はお前を殺したくない。……お前が俺を殺したいのは分かるがな」
私は隊長を見上げた。明かされた事実がショックで、なんといっていいかわからなかった。
「せめて俺が死ぬまでは、誰にもこのことを話さないでくれ。自分たちがかつての戦友を殺していたという事実は重すぎる」
「……隊長も死ぬんですか」
隊長は今度こそ笑った。
「《金鹿隊》に例外は無い。俺もいつかは死ぬ。竜に殺されるか、それとも他の理由かは知らないが――」
ああ、と隊長は思いついたように言った。自嘲気味ににささやく。
――お前が殺してもいいんだぞ。あかりの仇、討ちたくないか?
「隊長があの竜を――あかりを、殺したんですか……?!」
殺意が燃え上がる――と思っていた。
でも胸に去来したのは、どうしようもない虚しさだった。
涙が溢れて、止まらない。
「わ、わたしが、隊長を殺せるわけないでしょう!? あなたがいなくなったら私には何もなくなる。あかりが死んだのに、これ以上大事な人をなくすなんて、……耐えられない。卑怯ですよ、そんなたきつけ方は」
隊長は私の告白に驚いたように目を瞬かせていたが、やがてじぶんの前髪をくしゃりと搔き上げるように額を押さえた。後悔しているようだった。
「悪かった」
病室に沈黙が落ちる。頭が真っ白で何も考えらえない。
気が付いた時には、自然と口が開いていた。
「ねぇ、私はどうすればいいんですか?」
そうだな、と隊長もぼんやりと考え込んでいるようだった。
「心の思うままに、かな」
「……?」
「俺もお前も自分勝手で、自己中心的だ。もう、手の施しようもない。だからここまで来たら、いっそそれを貫き通せばいい」
自己中心的と謗られても、反発する心は起きなかった。だから、素直な気持ちで心の思うままに願いを口にできた。
「私はあなたの望みを叶えたい。もう私の内にはなにもないから」
隊長は虚をつかれたように、瞬きした。
「俺の望み? お前が竜に関わらず、一生を穏やかに過ごすことだけど……」
「そんなの私じゃない」
一刀両断に切り捨てると、隊長は苦笑した。
「だろうな。お前はそんなタマじゃない」
「だからそれ以外の望みです」
心のままに、あなたも願いを吐き出せばいいんだ。
その意を汲んだのか、隊長は静かに一言だけ口にした。
「共犯者に、なってくれ」
「共犯者……?」
「同じく竜の正体を知っている者として、俺を支えてくれ。元仲間だった竜の死を一緒に悼んでほしい。……ただし、お前は竜を殺すな。竜殺しの運命からお前だけは逃れてくれ」
先ほどの願いとは真逆。だからこそわかる、これがあなたの本当の願い……。
「わがままですね」
「だめか?」
「あなたが竜に殺されそうになったときは、私が竜を殺しますよ。あなたを失いたくないので」
それでいいのなら、と私は頷いた。
「ありがとう、つばさ。……竜に関しては、俺が気張れば済む話だ」
隊長は長年の肩の荷が急になくなったかのように、ほっと安堵の息をついた。
……この人は一体どれだけの重責を抱えていたんだろう。竜の秘密を抱えて、街を守るために元の仲間を殺して、それを誰にも話せずに――。
それを想うと胸が苦しくて、またぽろりと涙がこぼれる。
隊長はそれを拭って、私に掛けられた布団を引き上げてくれた。
「そろそろ薬が効いてくる。もう寝とけ」
ぽんぽんと布団を叩くと、隊長は紙袋の中身を棚に収め始めた。やはり私の入院用品のようだ。
「隊長は?」
「俺はこの後報告書を書きに本部に戻るが……」
じっと見つめると。隊長は、うっ、と呻いた。
「……まぁ、お前が寝付くまでは、いてやるよ」
だから安心しろ、と言われて、私は急にまぶたが重くなってきた。本当に安心してしまったらしい。たしかに、色々あって疲れた。
「たいちょう……」
「ん?」
「私をおいて、しなないでくださいね」
すぅっと意識が途切れる。答えを聞かないままだったが、隊長は当たり前だと笑ってくれた気がした。
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