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竜と《金鹿隊》
夏休みに入って、もう一週間。暑くてとても机に向かう気力がない。
宿題なんかほっぽりだして、私とあかりはソフトクリーム片手に街を歩きながら、ウィンドウショッピングに明け暮れていた。
時折、ショップに入って、クーラーの恩恵にあずかる。
そのうちの一店。私は一番目立つところに掛けてあったワンピースを手に取って、あかりの身体に当ててみた。
「このレースのワンピ、あかりに似合うよ」
「んー、でもレースの柄はつばさの作ってくれたこれの方が素敵でしょ?」
そう言って、あかりはふんわりとした総レースのワンピースの裾をつまんでくるりと回る。レース地が涼やかでふわりと花の香りがした。
ね? と小首を傾げて笑った顔に思わず顔が熱くなる。
確かに、それは私があかりのために作ったワンピースのうちで最高傑作を自負しているものだけど、あかりもそれに気づいてくれたみたいだ。
……そんなに気に入ってもらえて嬉しい。
思わず照れ笑いをすると、あかりは抱き付いてきて私の頬っぺたをつつき始めた。
「あー、この子いっちょ前に照れてる。かーわいい」
「ちょ、ちょっとやめてよ。お店だよ、ここ!」
おそらく赤くなっている顔で抗議しても、あかりは喜んでますます体を密着させてくる。
じっとりと身体が汗ばんできた。店員さんの目が心なしか微笑ましいものを見る目になっている気がする。
そんな感じで生ぬるくなった店内の空気を、――サイレンの鋭い音が切り裂いた。
私たちは弾かれたように身体を離した。店員さんが慌てて、避難誘導を始める。
「竜が出没したようです! 皆さん、急いでシェルターへ避難してください! シェルターは、三つ隣の――」
その言葉が終わらないうちに、私たちは店を飛び出した。
大通りは逃げ惑う人々でごった返しており、あかりが手を繋いでくれなきゃはぐれそうだった。
あかりのやわらかい手が私の手を強く握っている。緊張からか少し冷たい手だ。
引っ張られていく先は――、シェルター?! あかりは、私だけをシェルターに預け、自分は竜の元に向かう気だ! 私は足を踏ん張ってブレーキを掛けた。
「いやだ、あかり! 私も一緒にいく!」
「駄目だよ、つばさ! つばさに傷の一つも付けたら私が後悔するの! そうでなくても、あなたのこと隊長に任されているんだから」
「じゃあ、じゃあせめて、あかりが飛ぶところまでは見届けさせて! それが終わったら必ずシェルターに入るから」
「つばさ……!」
聞き分けのない私に怒っているのかな。振り向いたあかりは余裕のない表情だった。
その時、空を見上げていた人から驚きの喚声が上がった。
つられて見上げると、雲の切れ間から、白い竜の巨体がうねっていたのが見えた。
小さな戦闘機がその竜に纏わりついている。でもまだ二、三機しかいない。
「もう、時間がない。……わかった、つばさ。一緒に行こう」
「うん!」
進路変更して、近くにあった六階立てのビルを二人で駆けあがる。息が切れるも足を止めるわけにはいかない。
竜を退治できるのは私たちだけで、飛び立つのが遅れるとそれだけ街に危機が迫る。
――屋上に到達した。
照り付ける日差しでコンクリートが熱せられ、軽く陽炎が立っている。
あかりが振り向いて笑った。
「でもこうしてみると、つばさが来てくれてよかった。最期に会いたい人がつばさだったから」
「あかり、縁起でもないよ!」
流石に怒る。これから命を懸けた任務に赴こうというときに、そんな冗談笑えない。
「ごめんごめん。でも本音だから許して、ね」
「……死んだら許さないからね」
「うん、わかってる。大丈夫だよ。こうしてつばさの作ってくれた飛行服があるんだから」
あかりはワンピースの裾をつまんで笑う。私は、むぅと膨れて見せた。
そうして、私たちはお互いの額をこつんと合わせる。
「つばさを守れますように」
「あかりが無事に帰ってこれますように」
数瞬無事を祈って、ぱっと顔を上げた時には、あかりはもう一流のパイロットの顔だった。
「よし行くね、つばさ。私が出撃したら、ちゃんとシェルターに入るんだよ?」
「わかってる。必ず無事に帰ってきてね」
にっこり頷くと、あかりは屋上の端まで全速力で走って行って……。
――屋上から飛び降りた。
空に一瞬ふわりと浮いたあかり。
瞬きの間に私が作った柔らかな服が硬化し、変形し、あかりの身体をメカニカルに覆っていく。
両腕は斜め後ろに固定され、あかりは胸をそらす。まるで飛行機のような体勢になった。
そして、鋼をまとった腕は立派な翼になり、――完全に戦闘機になった。
ゴゥッと、アフターバーナーをふかして、あかりは飛び立っていく。白い竜の元へ。
ふと同じような轟音が聞こえて、辺りを見回すと――やはり、数軒先のビルからも少年少女たちが、一斉に屋上から飛び降りていった。
その身に着ているのは、金色の鹿の刺繍があるフライトジャケット。
――私たちが所属している《金鹿隊》だ。私たちは非番だったけど、今日はこんな近くで哨戒をしていたんだ。
仲間たちは刹那に戦闘機に変形すると編隊を組んで飛び去って行く。竜を倒すために。
その場に残っているのは、同じくフライトジャケットを着た大人の男性だった。全員降りたのを確認して、自分も飛ぼうとしたようだが、ふと私と視線が合った。
(鹿島和泉(かしまいずみ)隊長――)
私の亡くなった祖父の友人であり、今の私の保護者だ。一緒に住んでいる。
《金鹿隊》の隊長でもある。そして、私が戦うことを許してくれない人。
おかげで私は祖父の跡を継いで、飛行服をつくる任務に就くことになった。私も空であかりを守りたかったのに。
じっとりと睨むと、鹿島隊長はため息をついたようだった。シェルターの方を指さして、早く避難するように指示してくる。形ばかり頷くと、疑わし気に首を振られた。
だが、時間もないようで諦めたようだ。
隊長は、再度シェルターを指さすと、今度こそ屋上から飛び降り、戦闘機に変身、竜を殺しに向かった。
(シェルターには入るけど、別にすぐにじゃなくても、……いいよね)
ぺたりと屋上に座り込んだ。空を見上げれば、白い竜は《金鹿隊》の統制だった動きに翻弄されているようだった。
苦し気な竜の咆哮が響き、戦闘で剥がれた竜の鱗がバラバラと降ってくる。畳二枚分はある巨大な鱗が街を破壊していく。
悔しくて仕方がなかった。
なんで私ばっかり、皆の帰りを待たなきゃいけないんだろう。守る力は私も持っているはずなのに。
コンクリートのじりじりとした熱を足に感じながら、私はため息をついた。
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