ある花屋さんの息子の一日

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 家業は、一部の女子が人生のある時期にちょっと憧れて通り過ぎる『花屋』だ。大学3年になった僕は、時間がある時は店番をしている。小学生の頃は、家の仕事、あまり好きではなかった。けど今は、両親が切り盛りするこのお店を誇りに思っている。  だからといって、一分一秒を惜しんで清掃に励むような、そこまで必死に店番をしてるってわけじゃない。 とりあえず、清掃を終えた僕は、新しく仕入れた鉢植えにコメントをつけていく。手書きPOPってやつだ。花言葉を添えたり、一言、でっかく「今、売れてますっ!」って、どこかの激安ショップみたいかな?  花言葉はPOPに使ったり、お客様に尋ねられたりすることがあるから、有名なのは頭に入っているわけだけど、実はコレ、解釈が広すぎて困りもの。 世界中でメジャーな花だと、お前はいったい、どれだけ言葉を持ってるの?  って、花がある。例えば、うちでは扱わないけど、ヒマワリなんかさ。 『尊敬・敬愛・あなただけ見つめている・愛情・貞節・虚飾の富・感謝・夢中・太陽の運行・傲慢・気高い心・信仰心 ・・・etc』ときたもんだ。  花屋の店員あるあるー。「昔からのメジャーな花に対して、意味を聞くなー。いっぱいありすぎ! 気に入ったものを買えー!!」です。 なんて、一人で、夢想の世界に入っていたら、入り口にお客様の気配がした。 「いらっしゃいませ」 僕は爽やかな営業用の笑顔で迎える。これ、やっぱり大事、花屋さんだし。パッと見て、お客様は僕と同年代の女性だから、嫌でも笑顔になるんだけどね。 「ちょっと見せてもらっていいですか」 と、女性が軽く会釈をしたとき、お互いに目があう。この時、僕も、彼女も、互いに頭の中に『あれ?どこかで?』と脳の中がかき乱された。一瞬の間に過去の記憶を引っ張り出してはしまう、出入庫の作業が行われ、「!」顔と名前が一致して、答えが導き出される。 「遠藤さんっ!」 「近藤くんだよねー」 高校卒業以来だった。3年ぶり。当時は肩にかかるくらいの髪の長さだったかな、今は背中の半分にまで長さがあって大人っぽいし、制服姿しか見たことなかったから、今日の上下つながった黒のジャンプスーツに明るいジャケットを身に着けた姿にドキドキするし、耳にも左右対称カギの柄のピアスをしていてかわいらしいし。今日は、遠藤さんに会えただけで満足な日。 現在のそれぞれの所属先、共通の知人の足取り、そんな、あるある3年ぶり同級生会話がとりあえず終ると、遠藤さんの来店目的へ話題が変わる。お母さんへの誕生日プレゼントを選びにきたとのこと。いやぁ、優しい、よろしい、いいコだね。 「これなんて、綺麗だよねぇ」 遠藤さんは、白の胡蝶蘭の鉢を見る。大きさ的にも手ごろで、華がある。やっぱり目がいきやすいよね。 「お母様は花とか植物とか好きな方?」 「うん、好きー。でも、うちはマンションだから、ちょっとね。ベランダは布団を干すのが大変なくらいに花があるの」 遠藤さんはその後、10分ほど悩んだあと、白の胡蝶蘭に決めてくれた。僕はいろいろとプレゼント包装を施して手渡す。 「ありがとう、ごめんねー、また買いに来させていただきます。母と一緒に!」 6300円の価格を、切りよく6000円でいいからって、僕が言ったことに対してのお礼だ。 そして僕は、カウンターの横、500円均一で置いていた紫のパンジーの小鉢を一つ、小袋にいれて差し出す。 鉢植えに挿しこまれた小さな花言葉のPOPは外した。 「これもどーぞ」 「え? いやぁ、悪いよ」 「いいのいいの、これ、売れ残っちゃったから。これはもう本当に、もらってやってください」 「本当? ありがとう」 遠藤さんは鉢植えを抱え、(__)ペコぺコと会釈をしながら、出ていく。 カウンターの上、僕はパンジーから外したPOPの花言葉を見た。 『私を思って』 その小さなPOPをつまみあげて折り曲げる。 「つけといた方がよかったか」 あ~っ! と僕は頭をかきむしる。 「LINEとか聞けばよかった。店の告知、ツイッターやってるからフォローお願いとか、言えばよかった。そうだ、朝倉に連絡して、その繋がりで飲み会とかやろうか。それとも駅で待つとかどうだろう? いや、それストーカーじゃん。ダメだろ。え? どうしたらいい? 何かいい方法ないかな? これで終わりにしちゃダメだよな、うん。何か、何かないか、いい方法・・・」 今日の僕の一日はこんな一日。                  END
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