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『どですかでん』
黒澤明、初の全篇カラー作品である。1970年に公開された。山本周五郎の『季節のない街』を原作にしている。白状すると、未読である。機会があれば、是非読んでみたいと考えている。
どですかでんを黒澤映画のベストワンに選ぶ人は少数であろう。サムライも出てこないし、騎馬武者の疾駆場面もない。勇壮な活劇を求める人には、相当な退屈を強いる筈だ。
この映画の最初の鑑賞から、十年ほど経つが、その際に抱いた印象は悪いものではなかった。黒澤監督はこういう映画も撮る(撮れる)のかと、才能の豊かさに驚かされた。
大スター不在の映画である。巡洋艦級と駆逐艦級を組み合わせた艦隊編制になっている。正解の配役だと思う。三船の迫力も仲代の凄味も、この映画には、マイナスに働きかねない。その代わりにというわけでもないのだが、芸達者たちの至高の演技が楽しめる。
どですかでんに限らず、黒澤監督には舞台風のシチュエーションを選ぶようなところがある。芝居好きの俺には、その点もたまらなく魅力的である。おそらく、演劇方面へ飛んでいたとしても、帝王に進化していたのではないかと想像できる。
どですかでん以降の映画にも出演している役者さんがいる。例えば、松村達雄や井川比佐志がそうだ。松村さんは最終作『まあだだよ』の主演である。井川さんは『乱』の儲け役、鉄(くろがね)修理を演じている。
鉄は高倉健の代役と云われているが、結果として、井川さんが演(や)って良かったと思う。鉄は大変面白いキャラクターで、黒澤明が創造した「最後のサムライ」ではないかと俺は考えている。
どですかでんのみの出演者の中では、何と云っても、息子役の川瀬裕之が光っている。父親役の三谷昇とのやり取りは、絶妙の域であり、ちょっと信じられないような巧さである。黒澤巨匠の演出力が優れているのは、まあ、当然として、川瀬少年の資質も大いに賞賛すべきであろう。
独特の暗さを帯びた映画である。喜劇的側面もあるが、全体の雰囲気は異様に暗鬱としている。随所に仕掛けられた「人間不信」にハッとさせられる。直接的に描かれている場合もあるし、憶測を誘う場合もある。
ハリウッド進出に失敗し、生涯最大(だと推量される)挫折と苦悩を体験した巨匠の心境が、濃厚に反映されているように感じられる。それが原因でもあるまいが、興行的成功には至らなかった。不遇の秀作だと思う。〔12月9日〕
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