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キネマ闇塚〔2019年〕
『影武者』
黒澤明、初のカラー時代劇は娯楽性よりも芸術性を重視した映画になった。これに不満を覚えたファンが少なくなかったようだが、黒澤監督の内面では「今さら、豪快戦国アクションでもあるまい…」という心理が働いていたような気がする。
監督は撮りたい映画を撮ったのだ。キューブリックの『2001年宇宙の旅』に『スター・ウォーズ』を求めても、どうにもならない。
宿願の企画『乱』を作る前に、黒澤監督は『影武者』を作っている。半ば「前者の予行練習」のつもりでやっていたらしい。なんとも贅沢な予行だが、巨匠ゆえに許される荒業と云えるだろう。
監督は『影武者』公開の5年後に『乱』を完成させるわけだが、運動会当日よりも、練習の方が面白いといういささか皮肉な結果になった。影武者が本体を食ってしまったのだ。映画が秘めている魔性だと思う。
これほど「主演でもめた」黒澤映画は他にない。勝新太郎の降板騒動である。両雄決別後、何人か代役候補の名が挙がったが、巨匠は仲代達矢を指名する。
仲代さんはカツシンの代役。そして、準主人公の山崎努はトミーの代役である。これが良かった。特に山崎さんの演技が素晴らしかった。大山は鳴動したが、結局映画は「あるべき形」に落ち着いたのだ。映画の神様の配剤ではないか…とさえ俺は思う。
勝さんも若山さんも大好きな俳優ではあるが、黒澤ワールドに溶け込めるような個性ではない。仮に最初の配役構想が実現していたとしても、ちぐはぐな印象が拭えない変梃な映画になった可能性が高い。
初めて、自ら観ようと思って観た黒澤映画である。アバンから、たちまち画面に惹き込まれた。当時、俺は高校生で「観劇狂い」に陥るのはずっと先の話だが、演劇風の映像に魅了された。
カメラは動かない。弟信廉、信玄本人、影法師(盗賊)の三人を静止したまま捉え続ける。至ってシンプルな構図だが、テーマを端的に表現した出色のシーンだ。CGのない時代である。現場は相当大変だったと思う。
物語に関しては、あちこちに破綻があり、黒澤映画とは思えない粗っぽさである。各場面は緊張感が漲り、出演者の芝居は最高水準に達しているが、繋げて観ると、疑念や違和感が湧いてくる。
予行だからと云って、脚本は「おざなりでもいい」ということには当然ならない。黒澤巨匠ほど、脚本に神経を使う監督はいない筈なのに。同映画、最大の不思議である。〔1月11日〕
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