2.待叶草 ~(1)

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2.待叶草 ~(1)

俺、松田悠馬(まつだゆうま)は高校一年の夏休み、テニス部の合宿に参加した。 テニス部は毎年の夏休みにペンションで合宿をするのが恒例だった。 入学当初、校内での部活勧誘である先輩から誘われた。 『夏に合宿があって可愛い女の子がたくさんいるよ』 この一言で俺のテニス部入りは決まった。 今年の一年生は男子4人の女の子6人の計十人。男の俺にとっては、なかなかいい比率だ。 他に上級生の三年生は6人、二年生は7人の計二十三人の部員が在籍していた。   そのペンションは長野県の山の中にあった。 そこは初めて来た場所のはずなのだが妙に懐かしく感じた。 田舎というのは不思議とこういう感覚を覚えるものだ。 ペンションに着くなり、荷物を整理するとすぐに着替えさせられコートへ集合となった。 「何だよ。もう練習かよ」 同じ一年の倉橋が上級生に聞こえないような小声で文句を呟いた。 まあ、しようがない。お楽しみは夜のレクリエーションだ。 この合宿では毎年恒例で肝だめしが行われていた。 くじ引きで決められた男女のペアが、近くの神社まで行って往復するというものだ。 田舎のほとんど街灯が無い真っ暗な夜道を懐中電灯ひとつで歩くのはけっこう怖い。 その道の途中には脅かし役の上級生も潜んでいて、かなり盛り上がるそうだ。 その日の練習を終え、風呂に入ったあとはみんな一緒にダイニングルームで夕食を取る。 そして、そのあと、いよいよ楽しみにしていた肝だめしだ。 しかし、外を見ると雨が降っていた。 「え?」 みんなが夕食をほぼ食べ終わったころ、三年の部長が立ち上がった。 「えー、今日予定していた恒例の肝だめしだけど、雨が降っているので中止します」 「えー?」「マジ?」 ダイニングルーム内にブーイングが響いた。 僕も心の中で親指を下げた。 俺はこのために合宿に来たようなものだった。 「えー、それで代わりと言ってはナンですが、ここのペンションのオーナーさんからこの村にまつわるちょっとした怪談話をしてもらおうと思います」 女子からまたザワザワと悲鳴混じりの声が上がる。 「実は二年前――僕らが一年生の時ですが、この時にも同じ話をしてもらいました。とてもおもしろい話だったので今年もお願いすることにしました」  ――何だよ。怪談かよ。 つまらない。女子とペアになれないじゃん 俺は心の中で舌打ちをした。 夕食後の八時、ダイニングルームにみんなが集合した。 大きなテーブルは片付けられ、全員でカーペットの上で輪になって座る。 メインの照明は消され、みんなの輪の中にランタンがひとつだけポツンと置かれた。 窓の外から激しくなった雨の音が響いていた。 怪談話をするには今夜は絶好のシチュエーションかもしれない。 「みんな集合したね。じゃあすいません。お願いします」 部長がオーナーの人を部屋に招き入れる。 歳は六十くらいだろうか。腰の低そうな女性がやってきた。 「みなさん。こんばんは」 これに合わせてみんなも一斉に挨拶をした。 「今夜はあいにくの雨となってしまって残念ですね。その代わりといってはナンですが、私からこの村に伝わる待叶草(まつかのうそう)というお話させていただきます。さっき部長さんが怪談なんて言ってましたが、そんな怖い話ではありませんから気軽に聞いて下さいね」 女子からはザワザワと安堵の声が漏れた。 「ただし・・・・・」 思わせぶりにオーナーさんが切り出す。 「この話を聞くにあたって、みなさんにある約束をしていただきます」 「約束?」 みんながまたザワつき始めた。 「次のふたつの約束を必ず守って下さい。まずはこの話を以前に聞いたことがある、そう思った人は、その時点ですぐにこの部屋を出て行って下さい。そしてふたつ目は、ここで聞いた話は決して外ではしないで下さい。これを守れなかった場合は、その人に災いが降りかかる可能性があります。気をつけて下さい」 みんなのザワつきが大きくなる。 「やだあ、もう何か怖くなってきちゃったよ」 女子が叫ぶように言った。 「では、この話を前に聞いたことがある三年生はこの部屋から出ることにします。呪われたくありませんので。あと残った二年生と一年生の中で、この話を聞いたことがある人はやはり出て行って下さい。このあとの身の保証ができませんので」 部長がそう言うと、二年の先輩の女子が一人、静かにスッと手を挙げた。 「あの・・・・・すいません。私、前にこの話聞いちゃってるんで、出ますね」 その先輩はとても怯えるような顔をしながら部屋を出て行った。 「何?」「やだあ!」 みんなからまた悲鳴が上がった。 最終的には二年、一年合わせて十六人がこの部屋に残った。 実は俺はこの待叶草(まつかのうそう)という話のオチを知っていた。 以前ネットで見たことあるのだ。 このルールでいくと、本来俺はこの場所を出て行かなといけないのだが、悪戯心が沸いてしまい、何も知らないフリをして残ることにした。 雰囲気たっぷりの中、オーナーの話は静かに始まった。
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