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【第二章】 第六話 人生は歴史そのもので、だからこそ経験者の言葉は重い
社の中から外を覗くと老紳士が鳥居を潜る姿が見えた。
老人はやや小柄の痩せ型で、ライトグレーのベストにダークグレーのスーツ。銀と白のふさふさ髪をキッチリと纏めた七十歳くらいの外見だ。
その手には杖を持っているから足が悪いのかもしれない。
二礼、二拍手、一礼……作法は僕が調べた中で最も一般的なものだ。
「…………」
本坪鈴を鳴らし無言で拝んでいる老紳士は、しばらくした後小さく溜め息を吐いて去っていった。
「随分長く拝んでたけど……」
賽銭箱の中は全て回収していたから老紳士のお賽銭は一目で判る。というより、投げ銭の音が多かったような……。
………凄い。五百円が二十枚も……。一万円?
もしかして常連さんかな?でも、一万円て少し多くないかな……。それだけ叶えたい何かが有るのかな。
このお金は使わずに取っておこう。下の部屋に沢山あった小さな巾着袋の中にしまっておけば誰の賽銭か区別が付くし、いざという時にあの老紳士と会話が出来る筈。
そう思ってお賽銭に触れた途端、僕の頭の中は光に染まった───。
「ニャ~!?」
「ンナァ~!?」
「……う………。あ、あれ? 僕は……」
心配げに顔を覗き込むマウとトム。僕は社の中で倒れ込んでいたみたいだ。
「………」
「ンナァ~?」
「ゴメンね、心配かけて……。もう大丈夫だから」
「ニャ~!」
マウとトムの頭を撫でながら、僕は僕に起こった事態を思い返す。
どうやら僕はあの老紳士の願いに当てられたらしい。
お賽銭を触った瞬間、僕の頭の中にはあの老紳士の記憶が流れ込んだ。……。他人の記憶を見るなんて初めてのことだけど、何て言うか色々辛かった。
初めに賽銭箱からお金を回収した時は何も見えなかったのに……。その辺りの理由が判らない。
ともかく……あの老紳士の記憶を見た僕は、その情報量に目を回した。それから想いの強さ……特に悲しみや後悔が凄かった。
人生たった十六年の僕にとっては老紳士の七十年以上の濃厚な人生はとても重く感じた。今なら先人の言葉が重いって意味が良く分かる。
そして……あの老紳士の願い──。
僕は何とか叶えてあげたいと思った。
それが神という立場だからっていう訳じゃない。その願いがささやかで穏やかなものだから……僕は何かをしてあげたかったんだ。
老紳士の願いの始まりは、今から六十年前まで遡る──。
その頃……ヤマト世界では大きな戦争があった。世界規模の大きな争いの原因はエネルギー問題。地球よりずっと豊かそうなこの世界でも国の利益目的の愚か者が居たらしい。
初めは小さな争いがやがて国境問題や環境問題にまで発展して、最終的に二つに割れた。
その頃、この国──『暁』も争いに巻き込まれた。世界規模の分裂でどちらにも付かないという選択をするには暁は国として小さかった。
そうして行われた戦争は全世界規模にも拘わらず僅か一年で終結。それでも科学が少し進んでいるからか犠牲者数は億に届く勢いだった。
暁も甚大な被害を受ける中で、徴兵されていた一人の少年が戦場より帰還した。そこにあったのは焼け野原となった故郷。家族や知人は散々になっていた。
少年の名は岩辺保──あの老紳士の若かりし時の姿だ。
岩辺さんは方々を走り回り家族の無事を確認できたけど、幼馴染みで許嫁の少女『美緒』を見付けることは出来なかった。戦後復興で時間を取られた中でも岩辺さんは美緒さんを捜し続けて、遥か遠方に疎開したことをようやく突き止める。
復興が一段落した頃、岩辺さんは意を決して美緒さんを捜しに出た。既に数年が経過していたけど、どうしても一目逢いたかったんだ。
そして、ようやく見付けた美緒さんの家族。美緒さんは……親類の家に嫁いでいたらしい。赤ん坊をあやす美緒さんを見て岩辺さんは声を掛けるべきかかなり迷っていた。
でも……美緒さんの幸せを壊したくない岩辺さんは、そのまま無言で立ち去った。
それから岩辺さんは故郷の復興を終えた後、海外に出た。人生をやり直したかったのかもしれない。
でも、結局独身のまま六十年の時が流れて今に至る。今はこの国に戻って故郷──この街で暮らしている。
「…………」
戦時中の話では良くあることかもしれないけど、やっぱり僕は哀しい。岩辺さんの願いは美緒さんが幸せで居てくれること……ただ、それだけのことだった。出来れば一目見たいけど高望みはしないって……。
僕はそんなに心が強い訳じゃない。寧ろ弱い方だと思う。でも……だからこそ、この願いは叶えたいと思ったんだ。
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