第一章 お姉ちゃんの違和感

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第一章 お姉ちゃんの違和感

 私は万福薫風美(まんぷくくふみ)。桃風子(もふこ)は年の離れた姉である。庭を掃除していたら、もふ姉ちゃんの部屋から声が聞こえてきた。「桃風子」と「風子」がああでもない、こうでもないと意見を交換している。二重人格とかではなく、自分の意見を主観と客観で考える方法として「風子」が出てくるのだ。自然な事なのだとサラッと言っていた。そんな事があるのか? と最初の頃は疑問に思ったが、父さん母さん、おばあちゃん、みんな普通に「風子」のもふ姉ちゃんと接していたので、私も疑問に思わなくなった。人間は慣れるもので 「そういうものだ」  と受け入れてしまえば、最初からそういうものだったと記憶が状況に寄ってしまうのかも知れない。そんな事は全然大した事ではないのだ。  万福家にとって、いたって普通の事だ。  いつもの話し合いが始まったのだなと気づいたので、二つのコップにお茶を入れて部屋へ持っていく。気づいた人がお茶を持っていく決まり事だったが、なにしろ、おばあちゃん達はちょっと耳が遠い。九割九分、私が持っていく事になる。  ぽすぽすぽす。ふすまを叩く。聞こえているかな? 「もふ姉ちゃん、風ちゃん、お茶持ってきたよ、飲む?」  声もかけてみる。 「飲む~」 「飲みた~い」  二種類の返事が聞こえてきたので、やはり二人とも部屋にいるらしい。  まあ、二人とも部屋にいるに決まっている。どっちももふ姉ちゃんなのだから。  深く考えてはいけない。  思考にロックをかけるのではなく受け入れるのだ。  いつでも目の前に起こっている事は間違いなく現実だ。  持ってきたコップは二個。最初一個だけ持ってきたら 「薫ちゃん(くんちゃん)、コップが足りないよ。持ってきてくれる?」  と言われたのだ。いつものもふ姉ちゃんは「薫風美」と呼ぶのだが、風ちゃんがいる時は「くんちゃん」と呼ぶ。  テレビで良く見る「なんでやねん」のツッコミ待ちなのかな? とそわそわしてしまうが、そこはグッと我慢する。  こっちが呼び間違えたり、数を間違えたりしても、手が付けられないように暴れたりしない。「今日は良い天気ですね」と同じテンションで 「数が足らないから、もう一個ちょうだい」  と言われるので、コップやら小皿やらを用意するのが普通になった。家族が多いので洗い物が多少増えたところで別に不自然でもない。三人家族がいつでも小皿を三の倍数用意するわけでないのと同じだ。  風ちゃんの分の食事を用意したりする事もザラだが、いつの間にかちゃんと小皿の中身は空になっている。三人でゲームをする事もある。頭のどこかで「それは無理だろう」と思っていても、もふ姉ちゃんは器用にいつも二人分の事柄を自然にこなしていく。もふ姉ちゃんはやはりすごい。 ―コトン  (今日も置いた…)   風ちゃんは時々そっと小さい小瓶を置く。もふもふが好きなもふ姉ちゃんの部屋で少し違和感がある。手の中に納まる大きさなのだが香水を入れるようなオシャレな物でもない。この空っぽの小瓶の事だけは「なんとなく聞いちゃいけない」気がして、いつも見てないフリをする事にしている。風ちゃんは小瓶を置いたり置かなかったり、法則性がないように思える。だから風ちゃんの事は少し苦手だ。  同じもふ姉ちゃんなのだが、やはりどこか得体がしれないと思えてしまう。 「くんちゃん」  と呼ばれるのも実はあまり好きではない。薫風美という、もふ姉ちゃんと繋がりが分りやすい名前の方が好きだ。  今日は少し、自分の防御力が弱っているのか余計な事を考えてしまう。  なんで今日に限って考えてしまうのだろう。  良くない、風ちゃんはもふ姉ちゃんなのだ。  あれ…でも「くんちゃん」て他にも呼んでいた人がいるような気がする。  誰だったかな。  今までこんな事、考えた事なかったのに。
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