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変わり始めた日常
ゴホゴホゴホッ。あちっ。何かが燃えているような熱さを感じて目を覚ましたマーリンは、自分の服が燃えていることに気づいた。隣をみると、相方のドンが苦しそうに火を吹きながらせき込んでいる。
「ドン大丈夫か? アッチ!」
マーリンは、近くの川に飛び込む。まずは火を消せねばドンの様子を見てやることもできない。「ぷはっ」川に飛び込むとすぐに服は消火できた。
「おい、大丈夫か?」
マーリンはドンの背中をさすってやる。近頃のドンはずっとこの調子だ。マーリンは、人間がドラゴンを育てることの限界を感じ始めていた。5つのときに拾ったドンを育てはじめて今年で15年になるが、そろそろドンも一人前になり始めている。もしかしたら、ドラゴンが近くにいれば彼も元気になれるのかもしれない、そんなことが頭をよぎる。
やがてドンの咳もおさまった。だが、相変わらず少し苦しそうな顔をして眠っている。マーリンは昨日街で耳にした会話を思い出した。小柄な女性とスーツ姿の男性が話をしていたドラゴンフルーツの話。そのフルーツを食べるとドラゴンが元気になるという噂があるのだとか。たしかそのフルーツを今日の正午には女性が政府の大型研究施設へ持っていく、と言っていた。だとしたら、チャンスは今日の昼前。
おっと、こうしちゃいられない。マーリンは急いでドンを揺り起こす。
「ドン、ドン。起きるぞ。はやく。お前の体調を治してやれるかもしれない。」
ドンはその言葉を聞くと、目を丸くした。
「そうなんだよ。昨日街で耳にしたんだ。いつもなら街にドンを連れていくのは嫌なんだけど、お前がいないとフルーツを盗むことができそうにもない。」
なんせ相手は政府のやつらだからな。とその言葉は飲み込んだ。必要以上にドンを不安にさせるのはよくない。
「ドン、手伝ってくれるか?」
ドンはそんなこと当たり前だろう、と言わんばかりに鼻息を荒げた。
「よし、お前はえらいぞ」
ドンの背中をなでてやると、彼は嬉しそうに目を細めた。その大きな背中にまたがって彼の首につかまる。鱗をうまいこと掴まないと振り落とされそうになってしまう。今では当たり前のように乗りこなせるようになったものだけど、昔は相当苦労したものだ。
ドンが羽を広げて飛び上がった。風を切る音が耳を横切る。今日はいつもよりも動きが荒い。昨日は留守番していてもらったから、元気がありあまっていたのだろう。
「いい調子だ」
ドンはその言葉を合図にさらにスピードを上げた。あっという間に街へついてしまいそうだ。少し早かったかもしれない。だが……、遠くから街の様子に目を凝らす。小さい頃からドンにまたがって空を飛んでいるだけあって、視力は人並外れている。
街のはずれから、昨日の女性がかごいっぱいにドラゴンフルーツを載せて運んでいるのが見えた。
「あ、ドン。向こうだ。向こうのあの女性のかごを奪いたいんだ。横につけてほしい。あの女性は傷つけないようにね」
ドンは首を縦にふると、女性の方へ後ろから近づいて行った。よし、低くいこうという言葉を合図に、下降をはじめる。女性はまだ気づいていない。しかし、女性が遠くに向かって手を振っているその方向にはスーツ姿の男が数人。まずい、合図を出される前に早くかごを奪わなければ。男たちがこちらを指さす。女性が振り向く直前、背後から羽を閉じて近づく。良い感じだ。手を伸ばして、かごをとることができた。女性は驚いているのだろうか、固まっている。
「ドン、行くぞ。飛び上がれ」
ドンはその声が聞こえているはずなのに上昇をはじめない。まずい。ゴホゴホッ。ドンが咳こみはじめた。こんなときに……。
「ドン頼む。このままだとあいつらに捕まっちまう。そうだ、フルーツを食べて」
ドンの口に背後からドラゴンフルーツを放り込む。飲み込めたようだが、一向に良くなる気配はない。走ってくる男たちはもうすぐそこまで迫っている。捕まる……。
「ドン、ごめん」
ドンは苦しそうに暴れている。男たちがドンの首に紐を投げてくる。
「やめてくれやめてくれ」
マーリンは、必死にドンの首の紐をのけようと手を伸ばしたが、その手も一緒に巻きつけられてしまった。
「俺のせいだ。ひとりでこればよかったんだ。すまないドン……」
ドンが捕まると、どうなるかは想像できた。政府の大型研究施設に閉じ込められて、そのまま施設内で閉じ込められたまま一生を終えるのだ。絶滅危惧種のドラゴンなんて、滅多にあえるものじゃない。
「絶対に、絶対に助けにいくからな」
なんとかドンに声をかける。苦しそうなドンが引きずられていくのをみると、マーリンの胸は傷んだ。
「助けになんていかせないよ」
政府の男が笑っている。
「お前も牢屋にぶち込むからな。このドラゴンとは別の場所にな」
自分も捕まってしまえば助けにいくことさえできない。マーリンは必死に縄をほどこうとしたが、努力もむなしく男たちに拘束された。ドンの背中から引きずり降ろされ、ドンが遠くなっていく。
「ドン、ドン!」
ドンはマーリンの方を向こうとするが紐が邪魔なようだ。
「何としてでもお前のことは助ける。約束だ」
マーリンの声はむなしく響き渡った。
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