牢屋での出来事

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牢屋での出来事

 マーリンはそのまま、研究所前にある政府の建物にいれられた。男たちに引っ張られながらも彼は、今後の施策をねっていた。一階の事務所のようなところから、地下におりる階段がみえる。その階段を降りていくと、暗闇のなかに牢屋がひとつだけあった。 「なんだここは」 「特別な牢屋だ。ここに入れられるやつは滅多にいない。前回いれられたやつは、政府の転覆を図ったモンタス。彼がどうなったかは……、知っているよね」 彼は政府に捕まるなりすぐに処刑された。マーリンは大きく身震いした。 「絶滅危惧種であるドラゴンを政府に引き渡そうとしなかったのは、それほどの重罪であるということはわかっているだろうね?」 マーリンは下を向いた。 「まあいい。残りの日々をせいぜい楽しんでくれ。牢屋のなかでな」 男は嬉しそうにマーリンを牢屋にぶち込んだ。マーリンは男をじろりとにらみつけた。こんなやつらに捕まるドンの行方が、心配でならなかった。 「まあ安心してくれ。絶滅危惧種のドラゴンくんは、処刑したりなんかはしないから」 男の笑い声が遠ざかっていく。マーリンは歯を食いしばった。ああなることは考え得ることだったのに。軽い気持ちでドンを連れて行った罰だ。ドン……。ドンは、マーリンが落ちていた卵から孵化して育ててきた相棒だ。マーリン以外の人間に囲まれたことなんて、一度もない。せいぜい街のなかで盗みを働くときくらいなもんだ。ドンのことを考えると、自分の処刑なんてどうでもよかった。今すぐに、ドンのところへ飛んでいきたかった。  それから時間がすぎるのは、とても長く感じた。今がまだ昼なのか夜なのかもわからない。 「あの子、ずっとあの調子なの?」 マーリンが顔を上げると、さっきフルーツを運んでいたあの女の姿があった。とっさにマーリンは女をにらみつけた。ドンのことを教えてたまるか。 「まあ警戒されるのも無理はないわよね」 女は少し口角をあげた。 「私はロンダ。ドラゴンの生態を研究している学者よ。政府の研究施設で働いている」 マーリンは何も答えようとしない。 「あなたが何も言わないのは、ドラゴンを守るためかもしれない。だけど、本当にドラゴンのことを想うなら、あなたが知っていることを話した方が身のためかもしれないわよ」 ロンダは眉を少し釣り上げた。気の強い女は苦手だ。マーリンは、眉をしかめた。 「お前たちに話したところで何も変わらない。ドンは、俺にしか心を開かない」 「あのドラゴンはドンっていうのね、ありがとう」 名前を口走ってしまったことを後悔する。口は災いの元だ。 「普段は何を食べさせていたの?」 マーリンは黙り込む。 「あの子の体調をなおすのに役立つかもしれないっていうのに。私はずっとドラゴンの生態を研究してきたのよ。あなたよりもドラゴンのことには詳しい。まあ、生きたドラゴンをあんな近くでみたのは初めてだったけれど」 ロンダは肩をすくめる。 「ドラゴンフルーツだって効いている様子がないじゃないか」 「ああ、あの情報はあなたたちを捕まえるためにわざと聞かせたものよ」 ロンダはおかしそうに笑う。 「ずっと私たちは、あなたたちを捕まえようとしていた。時々街に現れて盗みを働くドラゴンとその背中にまたがる人間。けれど、あなたたちはいつもすばしっこいしいつ現れるのかもわからないから、捕まえようがなかったのよ」 そんなに本格的に狙われていたとは……。自分の意識が低くなっていたことに気づき、マーリンはため息をこぼした。 「そんなある日、あなたがひとりで街に現れたのを見かけた。フードをかぶっていたけれど、その顔の傷をみるとあなただとわかった。前回あなたたちが現れた時に、ドラゴンが少しせき込んでいたのを見た私が機転をきかせて嘘を流したってわけ」 「じゃ、じゃああのドラゴンフルーツは?」 「私の地元のフルーツ。ドラゴンに効くなんて話は聞いたことないわ」 そんな……。怒りが湧き上がるというよりは、まんまと引っかかってドンを危険にさらしてしまった自分に嫌気がさした。マーリンはただ肩をがっくりと落とす。 「ごめんなさい。あなたには、悪いことをしたとは思ってる。でも現実をみて。今あの子を助けてあげられるのはあなたよりも私の方だと思うけど? まあいいわ。少し考えておいて」 マーリンは再び言葉を発さなくなった。その様子をみたロンダは立ち去ろうと背中を向けた。 「あいつが好きな食べ物は、鶏肉だ。生のまま食べる。ほかにも肉ならなんでも食べる」 「え?」 「あいつの調子が悪くなったのは、ここ2カ月くらいの話。特に食べ物を変えたわけではない。だが、本格的に大人になり始めているあいつに今の食事があっていないのかもしれない。それ以外はわからない」 マーリンは吐き捨てるようにアドバイスをした。ロンダは微笑む。 「ありがとう。覚えておくわ。鶏肉は与えておくから」 マーリンは背中を向けた。その背中からは、哀愁が漂っていた。そうか、彼はこのままだと……。ロンダは、その場を早足で立ち去った。
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