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チャンス到来
あれから何日経っただろうか。マーリンは処刑される日を待つことしかできなかった。1日3食地面に放られたパンを食べる。手は拘束されているから、口でつかむしかない。その様子を、スーツの男たちが見世物のように笑いながら見ているのだった。恥さらしでも、生き続けていたらドンにあえるチャンスがまたくるかもしれない。そんなわずかな望みに希望を託して、1日3食のパンをむさぼるように食べる日々だった。
ただ生かされているだけの日々が続いたある日、奇跡が起きた。
「チャンスをやろう」
スーツに丸い金色のバッジを着けた偉そうなやつが、突然来てそう言い放った。
「チャンス……?」
「ああ、きみたちを放してやるチャンスだ。そうそう、挨拶が遅れてすまない。私は政府認定ドラゴン研究所の所長、サイだ」
「何をすればそのチャンスが得られるっていうんだ?」
食い入るように質問するマーリンを、サイが片手で制する。
「話をせかされるのはあまり好まない。まずはきみの首に、これをつけよう」
牢屋の鍵を開けたサイが、マーリンの首に金属製の首輪をつけた。カシャン、という音とともにマーリンは処刑されたような気分になった。
「これできみの縄は外しても問題ない」
サイが指示して、スーツの男たちがマーリンを拘束している紐をほどいた。こんなチャンス滅多にない。マーリンがすぐに走りだそうと一歩を踏み出したその瞬間、サイが声をかけてきた。
「君はばかなのか。何のために私が首輪をつけたか、考えなかったのかい?」
サイはそのポケットから、何かボタンのようなものを取り出した。
「私がこのボタンを押せば、君の首が吹っ飛ぶ。君のペットにも今それと同じ首輪がつけられている。ふたつの首輪を管理しているのは、このボタンひとつ。この意味はわかるだろう?」
サイは、腹を抱えて笑い出した。
「そうだな。君にはそんな顔がお似合いだ」
いくぞ、というサイにおとなしくついていく。マーリンには、そんな選択をするほかなかった。なにはともあれ、ドンにもう一度会える。その気持ちだけが、マーリンを前に向かせた。
「君たちが一体なにをすれば解放してやるのか。それは簡単だ」
道中、サイが説明を始めた。
「ドラゴンの居場所を突き止め、我々に報告する。それだけだ」
「ドラゴンの居場所? そんなもの知らないぞ」
「きみたちが知っている必要はない。もう我々はだいたいの居場所を突き止めているのだ」
マーリンが不思議そうな表情を浮かべた。
「きみの疑問はこうだろう。ではなぜ捕まえに行かないのか? 理由は単純明快だ。人間か捕まえにいくとドラゴンが逃げてしまうから、だ」
そこで俺たちを利用するというわけか。マーリンは頭を抱えた。この話を飲み込めば、自分たちが助かりたいがために他のドラゴンを危険な目に遭わせてしまうことになる。だけど、もし他のドラゴンと出会うことができるのなら、ドンの体調も治すことができるかもしれない。
「きみに選択肢はないはずだ」
サイは手にしたボタンを見せつけた。悔しいが、サイのいう通りだった。マーリンに選択肢など残されていないのだった。マーリンにとっては、ドンのことが一番大切で救わなければならない存在だった。
サイが研究所のロックを解く。重厚な扉が、うやうやしく開いた。円形に広がったその研究所の地下に、ドンが拘束されていた。
「ドン……」
ドンもマーリンを見つけると、嬉しそうにかん高い鳴き声をあげた。
「ドン、すまなかった」
ドンの首にも、例の嫌な首輪がつけられていた。背中をなでてやると、嬉しそうに目を細めた。ごめんな、ごめんな。何度も謝りながら背中をなでる。
「感動の再会は終わったかい」
サイが、手をすり合わせながら喋りかける。本当に嫌なやつだ。
「きみたちには、私の部下をつけておく」
サイが指をさした先には、ロンダがいた。
「どうも」
ロンダは会釈をした。
「ちゃんと鶏肉を与えてくれていたんだろうな」
「ドンの元気いっぱいな様子をみたらわかるでしょう?」
ロンダは馬鹿にしたように笑みを浮かべた。
「なぜこいつを連れて行かないといけないんだ。首輪はある。十分だろう?」
「いや、ガイド役だ。彼女はこれまでの研究から、ドラゴンの住処については十分な知識を持っている」
それなら仕方ない。マーリンはしぶしぶ頷いた。
「では、早速出発してもらおうか。詳しいことはロンダの方から説明してもらおう」
サイは、壁に備え付けられていた赤いボタンを押す。何かよくないことが起きるのではないか、と身構えたが天井が開いただけだった。なるほど、とマーリンはドンにまたがる。ロンダもその横にまたがった。スーツの男たちが、ドンの紐をほどく。
「しっかり捕まれよ。振り落とされないように」
ロンダはドンの首輪を掴んだ。
「たしかにそのほうが賢いかもしれないな。じゃあ、ドンいくぞ」
マーリンがドンの背中を優しくたたくと、ドンは勢いよく飛び上がった。きゃあ、とロンダが悲鳴をあげた。はじめての飛行なのだから当たり前だ。マーリンはこれみたことか、とほくそ笑んだ。
風を切り、ドンが空に向かって飛び上がった。ロンダは必死で捕まっている。
「それで、どこへ行けばいいの?」
「とりあえず、西のほうへむかって。あの山の方。その向こうの谷にドラゴンたちがすみついているっていう話よ」
「ドン、聞こえたか?」
ドンは頷くと、指示通りに方向転換した。
「ドンってば、本当に賢いのね」
ロンダは感心していた。
「卵のときから俺と一緒にいるんだ。当たり前だ」
「どこで拾ったの?」
「俺がすんでいる小屋の近くさ。あそこは、ちょうどありとあらゆる坂道の終着点になっていて、いろんなものがごろごろと落ちてきた。そこにある日大きな卵も落ちてきたってわけさ」
「あなたのご両親は? 一緒にこの子を育てていたの?」
「俺は小さい頃からひとりで生きてきた。ひとりで俺を育ててくれた親父は5つの頃に死んじまった。その年に運よくこいつと出会って、15年間一緒に暮らして今にいたる」
ロンダはしばらく言葉を失っていた。かわいそう、そんな言葉をかけられるのはごめんだ。
「とても珍しい人生を送っているのね」
ロンダは悩んだあげく、そんな言葉を口にした。
「珍しい人生、か。悪くないね」
マーリンが笑ったのを見ると、ドンは嬉しそうにしていた。それからしばらく飛び続けて、ようやく山を越えた頃にはすっかり日が暮れていた。
「どれくらいで着くんだ?」
「もう明日には着くはず。谷も見えているでしょう?」
ロンダが指さす方向には、見渡す限り谷が広がっていた。
「あの谷のどこにいるっていうんだ?」
「さあ? 私たちは、ドラゴンがこの谷のどこかに住みついているという情報しか知らないわ。」
その言葉を聞いて、ドンが下降を始めた。
「ドンも呆れているじゃないか。ドラゴン学者さんもそんなものなのかよ」
ドンは、山のふもとに降り立つと、羽を休めた。
「まあそうね、続きは明日にしたほうが賢明ね。ドラゴンたちは朝起きるのが遅いから、早起きして向かいましょう」
ロンダの言葉を聞くと、ドンが呻き声を上げた。マーリンも、情けない声を上げている。
「早起きなんてしなくても、ドラゴンはいるだろう?」
「彼らは起きて、朝食を食べた後は出かけてしまうの。そして、夜になるまで戻らないんだから。夜になったら視界が悪いでしょう? 早く行くのが得策だと思うけど?」
そんなぁ、というマーリンをよそ眼に、ロンダはドンの頭を撫でてやった。
「よく頑張ったわね、ありがとう。明日は早起き頼むわね」
ドンは嬉しそうに、大きく頷く。
「まったく、いつの間に懐いたんだよ」
マーリンは悔しそうに、ドンの横に丸くなった。
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