わたしの花・あなたの花

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「あ〜あ、最悪…」 始業式後、教室戻る途中に思わず呟いた。 「ありちゃんも大変だねー、よりによって紫陽(しよう)くんの隣になるなんて。」 「ほんとほんと、ただでさえ前の席で最悪なのに隣があいつとか悲惨。」 「紫陽くんって名前はかっこいいのにねぇ。何考えてるかわからないよね。」 綾はそう言って笑う。太田紫陽くん。名字こそよくあるものだが名前は目を引くカッコ良さがある。でも、見た目は至って平凡。その上、無口で全然離さず、暗いオーラを放っている。そのせいでクラスでもかなり浮いている。さらに、授業中は何やらぶつぶつ言っているという噂がある。全く気味が悪い。憂鬱な気分になりながら、綾と共に音楽室に向かった。  音楽室で楽器の準備をする。私も綾も同じ吹奏楽部でトランペットを吹いている。部活のスタートは個人練習から。私はいつもの渡り廊下へ行き練習を始めた。春の風が心地よい。私の好きな季節。桜も満開。すごく幸せな気分になる。私は両親が花屋を営んでいることもあり、花が大好きだ。一番好きなのが桜。桜は満開も散っているのも、葉桜もどれも素晴らしい。それに春は桜だけでなく沢山の花が咲いている。幸せな季節だ。でも、その花たちを見ているとふと複雑な気分になってしまうことがある。  私の名前は有村撫子。7月22日に生まれたからその日の誕生花にちなんで撫子と名付けられた。私はこの名前が嫌いだ。なんか古風だし、そんな名前が似合うほど私はおしとやかじゃない。去年高校に入ってからは割と落ち着いたが、中学生の頃までおてんばだった。小学生の頃は男子と混じって走り回っていたし、中学の頃は陸上部だった。高校で吹奏楽を始めたのは入学式の日の吹奏楽部の演奏があまりにも美しかったからだ。おてんばだった私はよく似合わない名前とからかわれたし、親にもおしとやかにしなさいと叱られた。桜ちゃんだったらよかったのにと何度思ったことか、、、    今日から授業が始まる。席は最悪だが、まあ、この席なのも2ヶ月くらいの辛抱だ。そう言い聞かせて席についた。授業が始まると本当に紫陽くんはぶつぶつ言い出した。何いっているかわからないし、本当に気味が悪い。ただ、ずっとぶつぶつ言っているわけではない。少しホッとした。とは言っても突然隣でぶつぶつ言い出すと怖い。落ち着かないまま1日目の授業が終わった。  新年度が始まってもう2週間が経つ。紫陽くんのぶつぶつにも慣れるかと思いきや一向に慣れない。授業に集中できないせいで全然わからない。まあ、もともと授業聞いてもわからなかったんだけどね。ここまで来たら紫陽が何を言っているのか解明することにした。まず、今日1日授業を聞いてみて分かったことと言えば紫陽くんは誰かが当てられた時にぶつぶついうということだ。それ以外の先生が説明している時には何も言わない。不思議だ。にしても何呟いているかは発表者の声と被って全然わからない。明日からは話している内容にももっと耳を澄ますことにした。 「おっはよー。」 「あ、おはよう、ありちゃん。」 教室に先にいた綾に話しかける。 「ありちゃん、もう3週間は経つけど席慣れた?」 「いや、全然!気になって授業集中できないもん。」 「ありちゃんもともと授業聞いてないでしょ。」 「あ、バレたー?」 そうこうしているうちにホームルームの時間だ。席について支度をした。 授業が始まる。隣に耳をすます。やはり今日も誰かが当てられた時に呟いている。そこは決まりなのか。よーく聞いてみるとどうやら単語を呟いているようだ。いや、先生に当てられた瞬間にも何か呟いている。なんだろう、、、 「有村、この問題の答えは?」 「撫子、、、」 「はい!」 突然、先生に当てられ、一瞬の間の後に返事をする。ん?紫陽くんが私の名前を呟いた気がする。  幸い問題は簡単だったため、わたしにも答えられたが、なぜ紫陽くんは私の名前を呟いたのか疑問だった。しかも下の名前。私は撫子という名前が気に入っておらず、友達にも名字の有村からありちゃんと呼んでもらっている。なのになんで仲良くない人から下の名前で呼ばれるの?なんか、いや。もやもやした気持ちで授業を受けた。 何故かその日はどの授業でも当てられた。そして、そのたびに紫陽くんは撫子と呟いているようだった。私が先生の質問に答えている時にも何か呟いていたがそれは聞こえなかった。にしても、やけに当てられた上に嫌な下の名前で呟かれ続けて私はイライラしていた。そんな中6限目の授業で隣同士ペアになって英単語の練習があった。 「有村さんからどうぞ。」 そう言われてビックリした。 「さっきまで撫子って言ってたくせに。」 嫌味を言ってしまう。 「え?」 紫陽くんは不思議そうに私を見る。 「私が当てられるたびに撫子って呼び捨てにしてたよね?私、下の名前嫌いなのに、、、」 「あ、有村さんって下の名前、撫子だったね!」 訳がわからず、紫陽くんの顔を見る。 「両親は花が好きなの?」 紫陽くんは目を輝かせて尋ねてくる。 「花屋なの。」 「だからか!誕生花から名付けたんだね!」 「誕生花?」 「え、名前の由来聞いたことないの?」 「うん。」 自分の名前が気に入ったないのに由来なんて聞こうと思ったことさえなかった。 「誕生花って言ってそれぞれの日にちに対して花が決まってるんだよ。有村さんの誕生日は7月22日でしょ?誕生花は撫子なんだ。ちなみに撫子の花言葉には無邪気、純愛があるんだ。撫子は色によって花言葉が違っていて白だと器用、才能だから、名付けの時にそんな意味も込めたのかもね。僕は撫子って素敵な名前だと思うけどなぁ。」 「そうなんだ、、、」 名前の由来なんて聞いたことがなかった、、、この名前嫌いだったし。 「僕も誕生花から名付けられたんだよね。」 「そうなの?」 「うん、6月3日生まれでさ、誕生花が紫陽花なんだよね。で、紫陽って名前になったの。紫陽花の花言葉なんて冷酷とか高慢だよ?白い紫陽花なら寛容だけど。びっくりだよね。」 紫陽くんはそう言って笑う。 「そうなんだ。じゃあ、いつも授業中呟いているのって。」 「あ、聞こえてた?当てられた人の誕生花と花言葉。覚えるの好きなんだよねー。」 「そうなんだ。」 「はい!練習終わり!こっち向いてー。」 再び先生の説明が始まる。さっきまでのイライラした気持ちはどこかへ飛んでいき、むしろワクワクした気持ちになった。誕生花なんてものがあるのかぁ。気にしたことなかったけど撫子ってどんな花なんだろう。そして、親はどんな思いでこの名前を私につけたのだろう。気に入らないと文句を言っていた名前だったけど家に帰ったらちゃんと聞いてみようと思った。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!