第一章 守護騎士

1/8
40人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ

第一章 守護騎士

 ゴンドルーナ大陸の東側にある大国の一つ。  正統ブルグント王国。  昔ほどではないが、今も王室が強い権力を保持している。  半世紀前に起こった技術革命により、世界は工業化が進んでいた。  人口が流動化し、土地に縛られない労働者が増えた。  貴族の支配体制も変化し、平民から新興の大富豪も誕生してきた。  社会が急速に形を変えつつある、激動の時代だ。  そんなブルグント王国の北東部、山岳地帯。  エルミ子爵の領地である鉱山。  採掘の技術も進化し、昔より効率よく大量に鉱石を採掘できる。  世界中で工業が発展する現在、鉱山はまさに宝の山。  需要に供給が追いつかず、人手はいくらあっても足りない状況。  仕事を求めて食い詰め者が集まり、鉱山都市ができていた。  しかし、すべての者が上手くいくわけではない。  確かに、坑夫は賃金が良い。  だがそれは、危険と隣り合わせの職業だからだ。  田舎の小作農の三男であるトマスも、良い仕事を求めてやってきた。  最初は良かった。小作農の三倍の賃金だった。  交代で非番になった時に街に出て、上手い飯を食って酒を飲んだ。  タマには女を買ったりもした。仲間とバクチもやった。  若いので体力もあり、毎日が楽しかった。  だがしだいに粉塵で肺を痛めた。咳き込むようになり、仕事が辛くなる。  視力も落ちていき、物がボヤけて見えるようになった。  こんなことなら貯金して、早めに引退すれば良かった。  どこかの街で居酒屋でも開いて、静かに老後を暮らせれば……。  そこへ追い討ちの落盤事故。左脚と右腕を切断した。  この時代、事故でケガをしても何の保証もない。  トマスは解雇された。寮も追い出された。  しかし放蕩がたたって、持ち金はわずかだった。  こんな姿で田舎に帰っても迷惑がられるだけだ。  トマスは鉱山都市で物乞いになった。  ボロボロの絨毯を敷いて、通りの片隅に座り、恵みを乞う。  居酒屋や宿屋の残飯を分けてもらい、代わりにゴミや糞尿を片づけた。  寝る時は町外れの雑木林で寝た。  雑木林には、トマスのような元坑夫が、ほかにも二十数人住んでいた。  元気だった頃は、彼らを笑っていたが。  今は「自分だけじゃない」と慰められていた。  しかしそんな生活は、確実にトマスの体を蝕んでいった。  物乞いになって三年と少し。  視力はほとんどなくなり、咳で息ができなくなった。  それを店に嫌がられて、もう残飯ももらえなくなった。  起きるのも辛くなり、雑木林で寝たまま五日。  ああ、俺は死ぬんだな。そう思った。  惨めな人生だった。楽しかったのは、ほんの一瞬だけ。  物心つく頃からこき使われて、ドブネズミみたいに死んでいく。  俺が何をした? なぜ貴族だけ生まれながらに裕福なんだ?  こんなことなら、生まれてこなけりゃ良かった。  もしあの世に行ったら。  地獄に落ちてもいいから、絶対に神様をブン殴ってやる。  ああ、そうさ。それぐらいしなきゃ気がすまない。  でなきゃ、こんなのおかしい。こんな世界、間違ってる。 「なら、死ぬ前に一矢報いてみないか?」  と、その男は話しかけてきた。  ツルツルの禿頭をした、痩せた青白い男だ。 「ゲホッ、ゲホッ。なんだ? 神官か? ゲホッ、ゲホッ」 「神に仕えるのは辞めたよ。今は秩序の破壊者だ」 「なんの、用だ? ゲホッ、ゲホッ。葬式でも、してくれんのか?」 「心残りはないか? 憎くて仕方ないヤツはいないか?」 「いるさ。ゲホッ、ゲホッ。子爵と鉱石商ども。ゲホッ、ゲホッ」 「そいつらを叩き潰したくないか?」 「ゲホッ、ゲホッ。ムリだ。近くに軍がいる。ゲホッ」  これを飲むといい。  禿頭の男は、小さな三角の包みを差し出してきた。  それをトマスの手に握らせてやる。 「天国に行きたいなら、このまま死ぬといい。たとえ神とケンカしてでも、この世界に一発おみまいしてやりたいのなら、これを飲むといい」 「ゲホッ、なんだ、コレ?」 「無敵になる薬さ。ただし、人間ではなくなるがね」  そう告げると、禿頭の男は去っていった。  トマスは見えない目で周囲を見回すが、もうどこにもいなかった。  今のは夢だったのか? それとも悪魔か?  しかし掌を開くと、確かに三角の包みはあった。  ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。もう咳で呼吸すらままならない。  全身がダルい。激しい頭痛。めまい。苦しい。辛い。  かといって自殺するのはイヤだ。死ぬのは怖い。  けど誰かが助けてくれるわけじゃない。みんな自分のことだけ。  トマスは包みを開けて、中に入っていた錠剤、3粒を飲んだ。  数分は何も起こらなかったが。  しだいに体全体が熱くなってきた。頭にカーッと血が上る。  さっきまでのダルさが吹き飛び、全身に力が漲ってくる。  頭痛や息苦しさも、何時の間にか消えていた。  これだけでも救われた気分だ。どうせ死ぬなら楽に死にたい。  だが変化はこれだけでは終わらなかった。  急速に体が膨張して服が弾け飛ぶ。  周囲の大気、地面の土壌、樹木などを原子レベルで分解吸収。  体内で再合成して己の体組織を作っていく。  トマスの体はクマより大きくなり、さらに機関車よりも大きくなる。  雑木林に住んでいた他の物乞いたちが、慌てて逃げていった。  骨格から筋肉から、すべてが変形していく。  手と足の長さが等しくなり、四つん這いになった。  頭が細長くなり、口が大きく裂ける。そして巨大な尻尾が生える。  皮膚は硬質化し、何重もの鱗に覆われていく。  雑木林を薙ぎ倒して、外に出た。  這いずるようにして、街の中心へと進んでいく。  人々が悲鳴を上げて逃げていくのが痛快だ。  荷馬車や手押し車、蒸気荷車を蹴り飛ばして、石畳の道を進む。  目の前に線路。鉱石を満載した列車が12両、通り過ぎようとしていた。  それに頭から突っ込んだ。凄まじい号音と地響き。  列車は横転し、鉄鉱石や銅鉱石がブチ撒けられる。  散らばるそれらを大きな口で救い上げ、嚥下していく。  ついでに貨車、そして牽引していた最新のディーゼル機関車までも食う。  巨大な顎と牙が、鋼鉄のディーゼル車と貨車を、メキメキメキイッと噛み砕く。  嚥下したそれらが体内で分解され吸収。さらに巨大化した。  パンッパンッ、パパンッ、という破裂音。  首が動かないので、ギョロリと眼球を動かすと。  エルミ子爵配下の、都市の衛兵たちが拳銃を撃っていた。  10ミリ口径の弾丸が命中するが。体表を僅かにヘコませる効果しかない。  巨大な尻尾を一振り。14名の衛兵がフッ飛ばされる。  難を逃れた衛兵が、腰を抜かして小便を漏らしていた。  グオッ、グオッ、グオッ、とトマスは笑った。  そこへ応援の衛兵たちが、何十人と駆けつけてきた。  ボルトアクションの小銃を構えて、一斉に発射。  的が大きいので、ライフル弾はすべて命中するが。  やはり表面に少し減り込むぐらいで、かすり傷すら負わせられない。  さらに街の自警団まで参加して、拳銃や散弾銃を撃ちまくった。  トマスの中に怒りが膨れ上がる。この子爵の手下どもがっ!  同時に腹部にも、熱い何かが膨れ上がってきた。  それを衛兵たちに向けて、口から思いっきり吐き出した。  オレンジ色のマグマが、鉄砲水のように大量に撒き散らされる。  押し流された衛兵たちは、一瞬で絶命した。  体の一部に浴びた者たちは、絶叫してのた打ち回る。  それらを踏み潰して、トマスは子爵の城へと向かう。  ワラワラと行く手を塞ごうとする衛兵や自警団を、薙ぎ倒し、踏み潰して。  頭突きで城の門を破壊。敷地内へと突進する。  純白で華麗なフォルムの、特別注文の6人乗りディーゼル自動車に。  ちょうど子爵が乗り込むところだった。  両手に抱える鞄は、債券や手形だろう。  長男と次男に4人の秘書や執事たちも、大きな鞄を抱えている。  持てるだけの金貨や宝石も詰め込んできたのだろう。  子爵専用車の他に、送迎用の車が3台。  それに分乗して逃げようとするが。正門からトマスが突入してきたので、慌てて裏門から逃げようとする。裏門は山へと通じる道なので、逃げるには遠回りになるが仕方ない。護衛に攻撃させておいて、その隙に走り去ろうとするが。そう上手くはいかなかった。  トマスの口から再び、煮えたぎるマグマの奔流。  ドバシャアアアアッ! と子爵たちの乗る車を飲み込んだ。  タイヤが数秒でパンク。続いて電気系統が破損。  動かなくなった車の窓ガラスが、高熱で砕け散る。  そこから車内に流れ込むマグマ。  ギャアアアア~~~~ッ! 子爵たちの絶叫が響き渡った。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!