ビリジアン

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クルーズツアーを終えて一週間。船に持っていったスケッチブックには、透き通るような青い(・・)海が描かれている。ビリジアンの絵の具はアクセントとして使っただけなのだ。 私は戸惑っていた。男に手紙を書こうかという気持ちになっていたからだ。一緒にいたのは短い時間だったが、私は彼のことを正しく理解している、と思っている。 でも、彼は正しく返事をしてくれるだろうか。私は期待と不安が入り混じったような気持ちで筆を取った。 私がモノクロの水芭蕉を葉書に描いて彼に送ってから数日後――返事は届いた。小包みにライラックのアロマオイルが一つ入っていた。それだけだった。 ライラックの花言葉は「友情」「思い出」。私にも分かる形で、彼は想いを返してくれた。そのことがひどく嬉しかった。 私は識字障害で字が読めない。そして彼にはおそらく……色覚異常がある。私と彼は同じものを抱えて生きている。文字が分からない、色が分からない。だから、自分が分かる方法で今日もこの世界を捉え直すのだ。
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