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『あるところに、黒い髪、黒い瞳のひとたちの国がありました。  どっちをむいても黒い髪、黒い瞳のひとばかり。  男のひと。  女のひと。  おとなたち。  こどもたち。  みんなみんな、黒い髪、黒い瞳をもっていました。  黒い髪、黒い瞳のひとたちは、おなじ色の仲間どうし、たすけあい、わらいあい、毎日しあわせにくらしていました。  でもあるときから、黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、外国と戦争をくりかえすようになってしまいました。  黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、いろんな外国と戦争をしました。  黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、外国のひとたちのことがだいきらいになりました。  仲直りなんかしたくなくて、いくら負けても、ぼろぼろになっても、ぜったいに戦争をやめようとはしませんでした。  ある日、黒い髪、黒い瞳のひとたちの国のかたすみで、ひとりの女の子が泣いていました。  その女の子の髪は、金に黒がまざったような黄土色(おうどいろ)。  瞳は、青に黒がまざったような群青色(ぐんじょういろ)をしていました。  そんなおかしな色をもった女の子は、いつもひとりぼっちで泣いていました。  黒い髪、黒い瞳のひとたちにみつからないように、だれもいない空き地のすみっこにちいさくなって、こっそりと泣くのです。  だから女の子が泣いていることは、だれもしりませんでした。  でもその日、女の子は、なんとひとりの男のひとにみつかってしまいました。  女の子はびっくりしましたが、男のひとはわらって、「こんにちは。」といいました。  女の子は、返事をしませんでした。そしてそっぽをむきました。  その男のひとは、みんなとおなじように、黒い髪、黒い瞳をもっていたからです。  けれど、男のひとはぜんぜんおこりませんでした。  わらったまま、女の子のまえにしゃがんで、やさしくたずねてきました。 「きみは、どうして泣いているのかな。」  女の子は、そっぽをむくのをやめて、ちゃんと男のひとの顔をみてみました。  黒い髪、黒い瞳。  でも、どうしてか、いっぽうの目はつむったままでした。  男のひとは、黒い瞳をひとつだけあけて、女の子をみていたのです。  女の子は泣いたまま、むくれていいました。 「なんて、へんなの! いっぽうの目しかあけてないなんて。」 「うーん。へんかなあ。」 「へんよ。みんなとちがうもの。どうしてみんなとおんなじように、両方の目をあけないの。」 「ぼく、ずっとこうだよ。こどものころからこうだった。」  男のひとは、にこにこしながらそういいました。  黒い髪、黒い瞳で、いっぽうしか目をあけていない、へんな男のひと。けれど、ずっとわらっています。  女の子の黄土色の髪、群青色の瞳をみても、おこったり、からかったり、たたいたり、石をぶつけてきたりしないのです。  女の子は、しゃっくりをあげながらいいました。 「だけど、あなたはいいわね。わたしのほうがずっとへんだもの。わたしの髪と瞳の色、こんなだもの。」 「うーん。へんかなあ。」 「へんよ。みんなとちがうもの。みんなみんな、黒い髪、黒い瞳なのに、わたしだけちがう。それがいや。」 「みんなとちがうのが、いやなのかい?」 「いやよ。仲間はずれにされるんだもの。鬼畜にそっくりの色をして、どうしてこの国にいるんだって、いじめられるんだもの。だからわたし、みんなとちがうのがいや。こんなきたない色、だいきらい!」  女の子は、声をあげて泣きだしました。かなしくてかなしくて、涙がとまりませんでした。  すると、女の子の頭に、男のひとのおおきな手がおかれました。 「ぼくは、とってもきれいな色だとおもうけどなぁ。」  女の子の黄土色の髪をなでながら、群青色の瞳をみつめながら、男のひとはいいました。  女の子は、やさしく頭をなでられたのと、男のひとのいったことにたいそうびっくりして、泣き声をあげるのがとまってしまいました。  でも、ぽろぽろこぼれる涙はとまりません。 「わたしの色がきれいですって? うそなんか、いわないで!」 「うそなんか、いってない。」 「うそよ。うそに決まってる。みんなは、そんなこといわないもの。」 「きみは、みんなのことだけ信じて、ぼくのことはちっとも信じてくれないの?」 「信じられないわ。だってあなたは、みんなとちがっていっぽうの目はつむったままだし、みんなとは反対のことをいうし、まるでへんなひとなんだもの!」  女の子がそうさけぶと、男のひとは、女の子の頭をなでるのをやめてしまいました。  男のひとのあたたかい手がはなれてしまうと、女の子は、きゅうにこころぼそくなりました。  男のひとは、もう女の子にあきれてしまったか、おこってしまったのかもしれません。女の子をおいて、帰ってしまうのかもしれません。  女の子は、「いかないで。」ということばが、のどのところまで出かかっているのがわかりました。でも、どうしてもそれをいうことができませんでした。  女の子は、涙をながしながら、うつむいているばかりでした。  でも、男のひとは、女の子をおいて帰ったりはしませんでした。 「ねぇ、みてごらん。」  女の子が顔をあげると、男のひとは、じぶんのズボンのポケットから、ちいさな黄色い箱をとりだしました。  それは、キャラメルの箱でした。  女の子は、「あっ。」といいました。それから、群青色の瞳をまんまるにして、じぃっと箱を見つめてしまいました。  そのころ、黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、いっしょうけんめい戦争をしていました。  戦争をつづけるためには、みんなが力をあわせなければならなかったので、ぜいたくなんかだれもできませんでした。  おなかがすいていたって、服がぼろぼろだって、文句をいわずに、がまんしなければならなかったのです。  だから、キャラメルなんてぜいたくなもの、なかなか手にはいりませんでした。女の子も、お菓子なんてずぅっと食べられませんでした。  男のひとは、箱からキャラメルをひとつとりだして、ていねいに包み紙をむきました。  そうして男のひとの指がつまみあげた、四角いちいさなキャラメルをみて、女の子は「わぁ。」と声をあげました。 「なんて、あまくて、おいしそうなの!」 「おや。どうしてまだ食べてもいないのに、そんなことがわかるんだろう。」 「わかるわ。だってそのキャラメル、とってもやさしくて、とってもかわいい色をしているんだもの!」  女の子は、夢中でそうこたえました。男のひとは、あいているもういっぽうの目までほそくして、ほほえんでいました。 「くちをあけてごらん。」  女の子がくちをあけると、ころん、とキャラメルがはいってきました。  女の子は、くちをとじて、目をつむりました。  くちのなかで、ころころ、ころころと、四角いキャラメルがころがります。  なんて、あまくて、おいしいのでしょう!  とってもやさしくて、とってもかわいい味がします。  くちのなかのキャラメルが、ゆっくりとちいさくなって、やがてとけてなくなってしまうまで、女の子は目をつむったまま味わっていました。  そうしているうちに、いつのまにか女の子の涙はとまっていて、ぬれていたほっぺたも、すっかりかわいてしまっていました。  女の子は、とってもしあわせなきもちで目をあけました。  男のひとはすぐそばで、しゃがんだままほおづえをついて、いっぽうしかあいていないやさしい瞳で、女の子のことをみつめていました。 「おいしかった?」 「……うん。」  女の子はちょっと赤くなって、いそいで下をむいてしまいました。  そんな女の子の頭が、またあの、おおきなあたたかい手になでられました。  そして男のひとは、びっくりするようなことをいいました。 「きみは、じぶんの色がだいきらいだっていったよね。それから、キャラメルの色は、とってもやさしくて、とってもかわいいっていったよね。でもぼく、きみの髪の色って、キャラメルの色にそっくりだとおもうんだ。」  女の子は、「えっ。」といって顔をあげました。  男のひとは女の子の髪をひとふさすくって、女の子の瞳のまえにもってきました。  よぅくみると、女の子のだいきらいな黄土色の髪は、あのあまいあまいキャラメルの、とってもやさしくて、とってもかわいい色とおんなじでした。 「ね。そっくりでしょ。」  男のひとは、たのしそうにわらいました。 「会ったばかりのぼくのことは、信じられなくてもしょうがない。でも、きみじしんがこの色を、やさしくてかわいいっておもったきもちは、信じてあげられるよね。」  女の子は、黄土色の、キャラメルとおなじ色をした髪を両手でさわって、ぎゅっとにぎりました。  みんなに仲間はずれにされるから、きたなくて、だいきらいな色のはずでした。  でも、そのいやでいやでたまらなかったきもちが、すこしずつ、すこしずつ、女の子のなかからきえていくような気がしました。  そのかわりに、まるで女の子のこころのなかで、あまいキャラメルがころころ、ころころところがっているみたいに、すこしずつ、すこしずつ、しあわせなきもちがひろがってゆきました。  女の子は、髪をにぎっていた手をはなしました。キャラメル色の髪が、ふわふわとやわらかくひろがりました。  女の子は、群青色の瞳で、まっすぐに男のひとのことをみつめました。  黒い髪、黒い瞳。  いっぽうだけあいている、黒い瞳。  黒い色って、なんてやさしくてすてきな色なのかしら。女の子はそうおもいました。黒い髪、黒い瞳をみて、そんなことをおもったのは、はじめてのことでした。  男のひとが、女の子の色をきれいだってほめてくれたことも、すこしずつ、うれしいことにおもえてきました。  男のひとは、やさしくわらいました。 「ちょっとは、元気になってくれたかな。」 「……うん。」 「よかった。きみは、えらい子だね。」 「……。」  女の子は、ほんとうは男のひとに、「ありがとう。」といおうとしていました。  なのに、男のひとの顔をみると、どうしてもいうことができなくて、ただもじもじしてしまいました。  女の子がなにもいえないでいるうちに、男のひとが、そっと女の子の手をとりました。  そして、もっていた黄色いキャラメルの箱を、女の子のちいさな手のひらにおいたのです。 「あとは、きみにあげる。」  女の子は、びっくりしてしまいました。 「そんな! まだ、キャラメルがいっぱいはいっているのに。こんなたいへんなもの、わたし、とてももらえない。」 「いいんだ。きみにもらってほしいんだ。」  男のひとは、やっぱりやさしくほほえんでいました。  でもその笑顔が、女の子には、すこしさびしそうな顔にみえました。  女の子の手にキャラメルの箱だけのこして、男のひとのあたたかい手が、ゆっくりとはなれていきました。  そのとき女の子は、はっとしました。  なんだかこのまま、男のひとが、どこかとおいところへいってしまいそうな気がしたのです。  そして、そんな女の子のいやな予感は、あたっていました。 「ぼくはこれから、戦争にいかなくちゃならないんだ。」  男のひとは、しずかにそういったのです。  女の子は、群青色の瞳をいっぱいにひらきました。たいせつなキャラメルの箱が、手からすりぬけて、地面におっこちました。  そして、女の子のこころのなかで、ころころころがっていたかわいいキャラメルも、さぁっと消えてなくなってしまいました。  さっきまであんなに、あまいしあわせな味がひろがっていたのに、また、もとどおりのからっぽなこころにもどってしまいました。  からっぽのこころに、男のひとのやさしい声だけがひびきました。 「もしきみがまたかなしくなって、ひとりぼっちで泣いていたとしても、ぼくはそばにいてあげることができない。だから、そんなときはそのキャラメルを食べて、元気になってほしいんだ。」  女の子の顔が、くしゃっとなりました。群青色の瞳から、とまっていたはずの涙が、またたくさんあふれだしてきました。 「ばか、ばか、ばか! キャラメルなんかで元気になったりするわけがないわ。わたしは、またひとりぼっちだもの!」  女の子はそうさけぶと、わーんわーんと泣きだしてしまいました。  それをみた男のひとは、はじめてわらうのをやめて、かなしそうな顔をしました。  すると、女の子は、もっともっとかなしくなってしまいました。  なんて、ひどいことをいってしまったのでしょう。  そう、りっぱに出征(しゅっせい)する男のひとに、「ばか。」なんていったことがみんなにしられたら、女の子はもっと仲間はずれにされてしまうでしょう。  でも、このとき女の子のこころのなかをぐるぐるしていたのは、いじめられることや、ひとりぼっちになることのかなしさじゃありませんでした。  こんなにやさしい男のひとに、かなしい顔をさせてしまっている、そのかなしさだけでした。  男のひとにかなしい顔をしてほしくなくて、ひどいことをいってしまったのをあやまりたくて、女の子はいっしょうけんめい泣きやもうとしました。  でも、涙はぜんぜんとまりません。女の子はしゃっくりをあげながら、なんどもなんども涙をぬぐいました。  男のひとがいいました。 「たしかに、ぼくが戦争にいったら、きみはまたひとりぼっちになったとかんじるかもしれない。でもぼくは、どこにいても、ずっときみのことをおぼえているよ。」  男のひとは、さびしく地面におっこちていたキャラメルの箱を、そっとひろいあげました。 「おぼえているだけじゃ、どうにもならないわ。」  女の子は、うつむいて、ちいさな声でいいました。  女の子のこころが、ぎゅうっといたくなりました。そんなことがいいたいんじゃないのに、どうしてこんなふうに、いじけたことしかいえないのでしょう。  男のひとは、「そうかなあ。」といいました。  そして、涙にぬれた女の子の手をとって、もう一度、キャラメルの箱をわたしてくれました。 「きみのことをおぼえていて、あいたいなっておもっていたら、ほんとうにまたあえるかもしれないじゃないか。いつか戦争はおわるんだ。またあえるかもしれないかぎり、きみはほんとうのひとりぼっちにはならないよ。」 「そんなの、わからないじゃない。戦争がおわっても、ずぅっとあえなかったらどうするの? わたしのことをおぼえてくれてたって、もうあえなかったら、ぜんぜん意味がないわ。」 「どうしてそんなに、もうあえないっておもうの?」 「だって。だって、戦争にいってしまったら……。」 「ぼくが、死んじゃうかもしれないから?」  そのころ、黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、いっしょうけんめい力をあわせて、外国に勝とうとがんばっていました。  黒い髪、黒い瞳のひとたちの国は、いくら負けても、ぼろぼろになっても、ぜったいに戦争をやめようとはしませんでした。  だから、りっぱに出征したおおぜいの兵隊さんが、もう二度とかえってはこられませんでした。  そんな戦争に、この男のひとも、いってしまうのです。  女の子の群青色の瞳に、またあたらしく涙がもりあがりました。  涙はつぎつぎこぼれて、黄色いキャラメルの箱にぽたぽたとおちました。 「きみは、やさしいね。」  男のひとは、あのあたたかい手で、女の子の頭をなでてくれました。  女の子は顔をあげました。  男のひとは、とてもおだやかに、とてもやさしくわらっていました。  そしてすぐに、いっぽうだけひらいた黒い瞳を、まるでちいさな男の子みたいに、きらっとかがやかせました。 「きみにだけ教えてあげる。じつは、ひみつのお守りがあるんだ。」 「……ひみつのお守り?」 「そう。ぼくが戦争からちゃんとかえってこられるように。またきみとあえるように。」 「ほんと? それ、どこにあるの!」 「ここ。」  男のひとは、女の子がもっているキャラメルの箱に、とんとひとさし指をおきました。 「このなかに、はいってる。さがしてごらん。」  女の子は、いそいでキャラメルの箱をあけました。  箱のなかには、たくさんのキャラメルがはいっていました。ひとつひとつ包み紙につつまれて、お行儀よくならんでいます。  でも、女の子がさっき食べたキャラメルのところだけすき間があって、そこに、四角いキャラメルとはちがう形のものがはいっていました。  それは、キャラメルの包み紙につつまれていて、なんなのかよくわかりませんでした。  キャラメルとおなじくらいのおおきさだけれど、(かど)っこがなくて、でもまんまるでもありません。  これが、ひみつのお守りなのでしょうか。  女の子はそれをとりだして、そぅっと包み紙をむきました。 「わぁ。」  包み紙からころんとでてきたのは、すべすべした、とてもきれいな青い石でした。  その色は、雲ひとつなくはれている空よりずっとふかい青。  太陽の光にかがやく海より、ずっとやさしい青でした。  そしてそんな青に、夜空をまたたく星のような、こまかい白がたくさんちらばっているのです。まるで、石のなかにちいさな天の川がとじこめられているみたいでした。 「そのお守り、きみがもっていてくれないかな。」  男のひとがやさしくいいました。 「……いいの? あなたのお守りなのに。」 「うん。こんなにちいさなもの、ぼくだとなくしちゃいそうだから。きみがもっていてくれたほうが、ずっと安心できる。」 「……わかった。わたし、あなたがかえってこられるように、ずっと大事にもっているわ。」  女の子はしっかりとうなずきました。  いつの間にか、もう涙はとまっていました。あふれる涙が邪魔をしないから、女の子の瞳はものがくっきりみえるようになりました。  だから女の子は、男のひとの顔をじっとみつめました。  黒い髪、いっぽうだけの黒い瞳、やさしい笑顔。  いつかまたあう日のために、こころにしっかりとやきつけました。これで女の子のこころは、もうからっぽなんかじゃありません。  それから女の子は、もう一度青い石をみつめました。  ひんやりときもちよく、すべすべしたちいさな石。  天の川のながれるふかくてやさしい青は、この男のひとのお守りにぴったりだと思いました。  大事にもっていれば、きっと、男のひとのことをまもってくれる。きっと、またあうことができる。青い石のうつくしさは、女の子にそう信じさせてくれました。 「ほんとうにきれい。あなたのひみつのお守りは、すごい宝物だわ。こんなすてきな色、世界中のどこをさがしても、ぜったいにほかにはみつからないもの。」  そう女の子はいいました。こころの底からそう思いました。  でもなぜか、男のひとは「ほんとうにそうかな。」といってほほえみました。  女の子がきょとんとすると、男のひとはもっとたのしそうにわらいました。 「ぼくは、もうみつけているよ。その石とおなじ色をした宝物。それは、きみがさいしょからもっているものだ。」  びっくりして、女の子の目がまんまるになりました。その群青色の瞳で、去っていく男のひとの背中を、いつまでもいつまでも見つめていました。』
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