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しかしようやく這いずり出た先に見つけたのは、見たこともない妙な人物だった。
「…………」
──くろ、い。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。身にまとう装束も真っ黒い。ライダースとスキニー。ショートブーツ。ゴテゴテと装飾を身に着けている。
黒い人物は彼を興味深そうに眺めていた。
その足元に転がるものを見る。
既に息絶え真っ赤に染まるエサは、記憶にある一番新しい彼の飼い主だ。知っている誰かがエサになることもままあった。これも慣れ。
血の匂いは好きだ。
気分が高まる。
興奮や高揚感という言葉を知らない彼だったが、それが好きなものだということは知っていた。
だが彼がそれをきちんと直視した時に最も胸の内から沸き上がった感情は、食べたいでも、気持ちいいでもない。
「…………ぃ」
「ん? なんだよ?」
「……い」
「お前、口が利けねぇのか?」
「……ぅら、……しぃ」
声の出し方をいささか忘れてしまったが、確かに〝羨ましい〟と零した。
──死ねない体。
自らの体の仕組みを彼が理解しているのかは定かではないが、彼は一般的に語られる、不老不死という仕組みを持つ生き物であった。
生まれた時から現在の姿であり、年月をどれほど経ても老化せず、病や飢え、外的要因で死ぬこともない。
髪も爪も伸びる。
だが決定的には変わらないのだ。
能力とその体質が相俟って、彼はある時には悪魔と蔑まれ、ある時には奇跡と持て囃され、能力を欲する権力者たちの手を盥回し渡ってきた。
それこそ、途方もない時間を、消費される存在として。
──どれだけいたぶられようが忘れられようが、自分は死ねない。
だからこそ目の前で無防備に倒れ伏し悠久の時間から解放された肉塊が、寂しく、そして羨ましかったのだ。
「あぁ、確かに。俺も死ねねぇしな」
黒は彼の視線の先を見て首を縦に振り、同意を示した。
どうやら黒には彼の意が正しく伝わったようだ。
自分の意志に同意を得るのは初めてで、彼は胸がくすぐったくなった。〝嬉しい〟という感情だ。彼は名前を知らない。
彼に文字や言葉を教えた女性は悲しげに首を横に振ったのに、黒は首を縦に振る。
彼は黒に興味を持った。
視線を動かし、黒をじっと見つめる。
背の高い彼よりわずかに高い黒は、水分が枯れてかさついた彼の頬を、躊躇も嫌悪もせずに指先でなでた。
(くすぐったい……)
胸か、頬か、わからない。
嫌じゃ、ない。
「お前、ここで飼われてる悪魔とやらだろ? 俺はマレーシアの不動産王から依頼されて、ドンパチついでにお前を盗まねぇとなんねぇんだ」
「ぬす、む」
「自分以外のもん奪うってこと」
「うばう、ぁぁ」
「ふっ、奪うは知ってんのか。語彙の偏りおもしろ。な、お前の名前は?」
「なま、ぁ……あく、ま……」
「アクマ?」
「あくま。ぉ、おれ、あくま」
「悪魔。そりゃ他人がつけた呼び名だ。お前自身の名前だよ」
「? …………ん」
ふるふると首を振る。
彼が否定の意を表すと、足首近くまで伸びきった髪が柳葉のように揺れた。
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