不老不死者たちの幸多からん日々へ※【完】

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 繰り返し餓死するほどやせ細っていたので代謝もほとんど行っていなかったものの、何年も閉じこもっていた男の体はなかなか薄汚れていた。  限界以下には痩せないよう自動的にギリギリを保つ体質ではある。  食べず代謝をせずとも、死ねない。  死体でないので臭うこともないが骨董品のように埃を被っていたのでこの体は、おかげさまでもう長い間、洗ってくれるような人と出会えていなかった。  そんなカルメシーの汚れた体を、ネグロは優しく、丁寧に洗う。  ネグロの手つきは心地いい。  触られると困る箇所以外は、触られると心地いいと感じる。  枯れ果てた荒れ地のような肌も、水分を得て繰り返し保湿性の高いボディソープで洗浄されると、古い肌がはがれ新しい肌が顔を出す。  長い髪も同じように、時間をかけて本来の色を取り戻した。  すったもんだの末に何時間もかけて風呂を終えたあとは、食事だ。  しかしリゾットもスプーンも知らないカルメシーは、なにを思ったか無言で熱々のリゾットに手を突っ込んで皿を思いっきりブン投げた。  だって普段食べるものと違うし、食事は冷たいか生ぬるいかで、だいたい手掴みで丸かじりする。  そう訴えるカルメシーに食べ物だと認識させるところから始め、火傷した手には軟膏が塗られた。  初めて食べたリゾットが美味しかったのがせめてもの救いだろう。  これでリゾットが口に合わなければ、風呂に続いてカルメシーは食事を恐怖と認識したに違いない。  日常動作でいちいち手を焼く。  中でも一番手を焼いたのがトイレだ。  どうにか食事を取ったカルメシーに一刻も早く太らせねばと甘いココアをたっぷり飲ませ、その後に散髪をすることにした時のこと。    伸びきった髪をさっぱりと短く切ってやっていたのだが、最中からそわそわと腰の座りが悪そうに身動ぎ、落ち着かない様子のカルメシー。  切り終わっても動こうとしないカルメシーにどうしたのかと尋ねると、カルメシーは「動くと股からなんか出そうで動けない」と訴えた。  信じられないぶっ飛び案件だが、カルメシーはトイレのお世話になったことがなかった。  カルメシーが今まで与えられてきたエサと呼ばれるものは金を出すために調達された人間由来の肉塊のみで、それらは金の対価となり、体としては残りカスなど無いに等しく排泄は不必要。  それに一時的な満腹感や喉が潤っても、栄養は偏っている。  少ない栄養を余すところなく体に行き渡らせるため、カルメシーの特殊体質はほぼ残骸を残さなかったのだ。  故にコイツトイレ未体験か? と真実を察したネグロは、カルメシーを抱えてトイレに走る羽目になった。  まさか老人でも赤子でもない男の介護をするハメになるとは、思いもよらなかったネグロである。  男のシモの世話なんて初めてだったが、初のトイレチャレンジに困惑するカルメシーはかなり性癖に刺さったのでよしとしよう。  カルメシーにとってはよしでもなんでもないだろうが。
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