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床を尿まみれにせずに済んだカルメシーは、下半身から出るものは全てココに流せ、と再三トイレの使い方を説明されてコクコク頷いていた。
本当に幼児を相手にしている気分だ、とネグロはため息を吐く。
それと同時に未知の世界に怯えているくせになにをするにもネグロの言うことを従順に聞くカルメシーが、多少心配な気分にもなる。
見た目と発言がアベコベなところを面白がって気に入ったのは確かだ。
だが実際関わっていくうち、予想以上にいろいろ無防備だとわかった。
こんなにも簡単に死にそうな生き方なのに不死なのだから、カルメシーは今まで何度も死んだのだろう。
自分は死に飽きたが、きっとこの男は飽きたと感じるほど豊かなバリエーションで死んですらいないかもしれない。
拾ってよかった、と心底思う。
知らず知らず、生き過ぎて若干壊れ気味だが人並みの庇護欲を持つネグロのそれを、多大に煽るカルメシーであった。
──その後。
歯磨きなどその他生活雑務を教わり、いざ眠ろうという頃だ。
散々やらかしたカルメシーは、これではいけない、と薄らぼんやりした忌避感を覚えていた。
飼い主と居場所を捨てたカルメシーは、ネグロに捨てられれば知らない外の世界でひとりぼっちになってしまう。
初めて自分からそばにいたいと思った人に自分がものを知らないばかりに捨てられては、どうしようもない。
前の主人と同じように何十年も構ってもらえなくなったらどうしよう?
ネグロのそばは心地がいいと知ったあとでは、扉が開くのを待つ時間がうんと長く感じるはずだ。それは恐ろしい。弱った脳を懸命に唸らせ知恵を絞る。
そこで──ふと思い出した。
そうだ、自分には初めての飼い主から今に至るまで教わり続けた唯一よく知るものがある。
それは、言葉のように少しずつ覚えた、カルメシーが人を喜ばせられるたった一つの秘策だ。
カルメシーの生きていてもいい生の対価でもある。
「カルメシー、寝んぞー」
「ん」
大きなベッドに横になったネグロにちょいちょいと指で呼ばれ、カルメシーはちょこちょこと歩み寄り、その隣に横になる。
ふかふかのベッドの感触を密かに喜ぶカルメシーに腕を回し、ネグロはしっかりと抱き寄せた。
「はー癒しだわ」
たまらないとばかりにスリスリと頬擦りされて、胸が高鳴る。
ネグロのためになるのならカルメシーとて幸福だ。
カルメシーはネグロの腕の中でのっそりと体を起こした。
「? カルメシー?」
突然起き上がったカルメシーを、ネグロは不思議そうに見上げる。
カルメシーはしょんぼりと眉を下げ、返事をせずに自分のシャツに手をかけてシャツのボタンを外そうとした。
したが、外れなかった。
カルメシーはボタンのシャツの脱ぎ方がわからない。
ますますしょんぼりと気落ちするカルメシーを見て、ネグロはキョトンと首を傾げつつも、代わりにボタンを全て外してやった。
下がった眉が少し復活し、カルメシーはネグロの手を取る。
「どした? あちかったか?」
「ちがう……おれ、は、体、骨が当たって、よくないと、言われる……気持ち、悪ぃ。でも……いやだと思うけど……これなら、おれはちゃんとできんだ……」
カルメシーは露になった肌に、ネグロの手を這わせた。
傍目に見ると謎の行動だが、ネグロは抵抗する様子はない。
目的を探ることにしたようだ。マイペースな男である。
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