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「……金?」
「やる。おれの、とくぎ。みんな、喜ぶ。俺は、なんでもだせるぜ。それが一ばん、喜ばれる……」
空豆大の金を、カルメシーはさぁ受け取れとネグロの胸に押しつけた。
純粋な輝きを放つそれは、カルメシーがネグロの体液で作り出した紛れもない本物だ。
人間由来の素材は、こうしてカルメシーの思う物質に変化させられる。多少制約やルール、使い方にコツもあるが、たいていの物質は産み出せる。
歴代の飼い主たちはすべからくこれらを望んできた。
喜ぶはずだ。役立つだろう。
表情は変わらないままネグロが喜ぶのを今か今かと待つカルメシー。
しかし──ネグロはしばらく目をぱちくりと瞬かせたあと、きゅっと眉間にシワを寄せ、顔を顰めた。
なぜカルメシーが何代にも渡り屋敷の地下に監禁されていたのかを、ネグロは今この瞬間に理解したからだ。
その生が珍しいだけだと思っていたが、真実は違う。
〝幸福の悪魔〟
手に入れたものは幸せになると眉唾ないわくがある噂の正体は、望むだけ富を産み出すことができる生きた金の成る木だったのだ。
故に他者に渡らないよう、カルメシーの飼い主はみな一様に隠蔽した、と。
なにも知らないカルメシーに金を産み出すだけ産み出させ、必要でない時は何十年と放置する。
病死も餓死も自死も叶わないカルメシーは、空腹を癒すエサ欲しさに望まれるがままを産み出す。
そしてこの奇跡的な世間知らずが完成した。
自分の境遇に疑問を持たない、純粋な餓鬼。
ネグロには途方もない時間がある。
彼も同じく不死である。
だから同じ体質であるカルメシーに興味を持って依頼を受け、実際に話して気に入った。ともに生きさせることにしよう。そう決めた。
不老不死などそう何人もいるわけではない。運命と言えるじゃないか。
しかしカルメシーは同じ不老不死でありながら、ネグロとはずいぶん違う生を過ごしていたらしい。
バケモノだと罵られ、迫害され、淘汰され、その上利用される。
一応、覚えはある。
だがそれも幼い頃ばかりで、文字通り死にものぐるいで抵抗する術を身につけたネグロは恐れられる側の住人である。
どうせ生き返るのに苦痛だけは死と同等に受け取る不毛な殺人の被害者役なんて、真っ平御免だった。死んでも死にきれないからこそどの生者よりも死に抗う術を求めたと言える。
そもそもネグロはそう何度も殺されてやるような大人しい性分でもない。
不死と実感するのは、今は自分が老いないと思い出した時ぐらいだ。
──死ぬほどの苦しみを味わってもなお死ねないカルメシーは、あの部屋で何度孤独に死んだのだろうか。
これしか役立つことを知らないのだ、と金の粒を差し出すカルメシーを前に、ネグロは薄らぼんやりとそんなことを考えた。
「……、……ネグロ、いら、ねか……?」
金の粒を押しつけると黙り込んでしまったネグロに、カルメシーの瞳は不安に揺れた。
これを断られたことなどなかったし、皆喜んでくれたから、いやがられることなどないと思ったのだが。
人間由来の素材なら大抵いい。
排泄物や毛髪や爪なんかは対象外だが、精子は生命の元になる。ギリギリ対象に入るものだ。
なので新鮮なものをなるべく多く摂取した場合に限り、極小さな金の粒程度は産めた。とはいえ連続しては作れない。まぁ遊び程度の富である。
それでも飼い主ウケはよかった。
が、ネグロウケは悪いらしい。
幾人かの飼い主はカルメシーに一物を咥えさせ、自らの精で宝石を作りコレクションしたものだ。先ほどの行為はそれを踏襲しただけで、カルメシーには自覚も知覚もない。慣れている。
死なない従順な人型の生き物は、慰み者にちょうどよかった。
抱く、犯す、にすら該当しない。使う、が正しい行為。
そんなふうに望まれた時期もあったものの、いつだってカルメシーは疑問を抱かず従ってきた。
ただ……自分から〝なにかを望まれたい〟と思ったのは、ネグロが初めてだったのだ。
このキラキラしたのじゃいや?
じゃあ赤いのは? 青いのは? 緑のは? 黄色いのは?
とても喜ばれる、硬い氷のような石はどうだろう。それとも、どこかの国の貨幣がいいのかもしれない。
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