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【手順1 丁寧に殺しましょう】
ずっと前のある日、弟が突然に言った。
「俺 兄貴が好きなんだ」
は?
恋愛的な意味で、と付け足され、言葉の意味を理解すると同時に目が点になる。
義弟とかいう救いもない。
正真正銘血の繋がった実の兄弟。そして大学生の俺と高一の弟は五歳差で、当然のことながら男同士である。
近親相姦、歳の差、同性。
言うほど年の差はねーかもしれないけど、俺からすると三重苦だ。
なんせ兄弟で年の差というとリアルでマズイ。身近に感じすぎる。
俺が高校生の時弟は小学生だったし、そのうち俺が社会人で弟が高校生とかいう状況にもなるだろう。
なおかつ男と男で?
ガチ恋?
お手上げである。
どれか一つならばそう気にすることもなかったかもしれないが、流石にこれはあまりにも酷い。
その酷い想いを面と向かって堂々と告白しようなんて、人生をハードモードにするモノ好きのイカれた選択肢でしかないのだ。
俺はずいぶん変な顔をしていただろう。頭がおかしい生き物を見る顔を。
なのに眼の前で震える弟の顔は耳まで真っ赤に染まっていて、泣きそうに眉を顰めている。──うわ、本気かよ。
「気持ちわり」
ポロリと、そう口をついた。
弟の肩がビク、と跳ねる。
それを歯牙にもかけず、俺は踵を返して何事も無かったかのようにさっさと部屋に戻った。
いやマジで、こんなんきもいわ。
あの日以降、弟は俺を見るとビクつくようになった。
今までも別に超好かれてたわけじゃないけど。……いや好かれてたか。
俺の冷たい目に怯えたらしい。
緊張か恐怖かなにやらか、ヘビの巣穴に紛れたカエルみたいに日々からビクビクとしている。
だけどそれで離れるようになったのかというと、全く離れない。
人前では変わらず弟を演じていても、二人きりだとチラチラソワソワとこちらを見ているし、無視し続けるとおそるおそると話しかけてさえくる。
そして何度でも機会があれば言う。
「兄貴が好きなんだ」と。
俺はそのたびにキモイだのウザイだの吐きそうだの頭おかしいんじゃねーのだの、真に暴言を返している。
すると弟は俺に伸ばした手を触れることなく引っ込めて、にっと笑った。
オエ、ドマゾじゃね?
全然平気じゃねェくせに笑ってんじゃねーよ。クソが。
こうまでするほど、弟の好意を受け入れることはどうしたってできない。
俺は惨めで透き通った恋しい愛情を見るも無残に引き裂く最低な兄貴。
は。だって俺、ゲイじゃねーし。
しかもガチの弟とか、天地がひっくり返っても恋愛対象に入るわけねぇだろ。年下だって興味ねぇし。
ウッゼーさっさと死ね。
お前が同じ家にいるってだけでキショ過ぎて呼吸すら苦痛だわ。
告られたあと、俺は毎回直接、はっきりとそう言ってやっている。
なのに──弟は好きだと言うことを、やめなかった。
ふざけている。
辞書を借りに部屋に行った時も、呼び止めてまで告った。
だからああ言った。
でも笑う。夕飯に降りてこないぐらいこたえたくせに。
言った瞬間、顔色を失っていたことを俺は知っている。
震える唇で作った笑顔が崩壊寸前のそれだったということも、ちゃんと知っている。
知っているからこそ、追い打ちをかけるために言ってやった。
「諦めてさっさと死ね」と。
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