恋しい人と手を繋ぐ、たった一つの確実な方法【完】

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 【手順2 満身創痍で耐えましょう】  だけど──弟は、死ななかった。  俺に死ねと言われた弟は、深夜に家を出て一晩雨に打たれ、朝方パトカーに連れられ帰ってきたのだ。  バカは熱を出して、当然倒れた。  クラブで浴びるように酒を飲んでいた俺は知る由もなかったことだけどな。  人が善意で告げた丁寧な心のこもったお断りを聞かないバカの世話なんか、いちいちしてられるかよ。  寝込んだ弟は、翌日になってもベッドから起き上がれないようだ。  母親に薬を持って行けと言われて、渋々二日酔いの俺は二階のアイツの部屋に薬を持って行く。  部屋はきちんと整理整頓されていた。  整然とした室内で部屋主だけが異様に荒れ果て、苦しそうな様が、綺麗な部屋には似合わない。  弟はキレイ好きで、なんでもきちんとしている男だ。  昔から好きなように生きていた俺とは正反対。  弟はフツーの高校生だ。  顔はイイほうだが派手でもなく地味でもない。友達もそこそこいるし、勉強は平均ちょい上程度で運動は得意。  遊びにもちょっとは興味があって、たまーにゲームをしたりもする。  十代の心は繊細で傷つきやすい。  それですらどこにでもいる、本当にただの高校生だ。  なのに三重苦。  神様も粋なことをするもんだぜ。  こんなのもう、コイツの人生終わったも同然じゃねぇの。  正真正銘実の兄貴に恋とか、そんなんマジでやるバカいんだ。他のやつにバレたらコイツ泣くか? 怒るかも。あーでも相手俺ならマズイな。他人の暇つぶしグッズにされんのとかダルいし、仕方ない。バラして遊ぶのはナシ。  ベッドで眠る弟をじっと見降ろし、その死にそうな寝顔を眺める。  まったく、熱出してハァハァ変態みてぇな呼吸する弟のそばでこんなこと考えるような兄貴のどこがいいんだか。  ホント、終わってるわ。  クソホモ野郎。  弟を見ていると吐き気がした。  二日酔いのせいだろう。ウゲウゲと舌を出して胸のムカつきから逃れたいが、そうもいかない。  薬を飲ませないと母親が煩いから、さっさと終わらせないと。  仕方なく、俺は寝ている弟の頬に無言でビンタした。  三回目ぐらいでようやく目を開く。にっぶ。神経狂ってんのか。  薄眼を開けた弟は相手が俺だと認識したようだけど、焦点が合っていないらしく、瞳がぐらぐらと揺れている。  朦朧とした視界では、俺を俺と認識していないかもしれない。そのままでいい。  黙って弟の口へ指を突っ込んで薬を押し込み、ペットボトルの水を唇の隙間から少しずつ流し込む。  どうしても溢れてしまい寝間着とシーツが汚れたが、もう知らない。  弟はむせて水を吐き出した。  だけど薬は飲んだみたいだから、まぁ、これでいいだろ。  いちいち母親にパシリにされるのは面倒だ。だからちゃんと飲ませる。何度吐いても拭って飲ませる。  弟は俺の水責めを受けて少しは脳が覚醒したらしく、兄の姿をきちんと認識して、掠れた声で弱弱しく俺を呼んだ。 「……そいや、お前、なんで深夜に雨の中橋の上で立ってたんだよ」  ふと、弟が死ぬような思いをして寝込む発端の理由を聞きたくて、好奇心を元に聞いてみた。  好奇心は、俺の鼓動を早めていく。  尋ねられた弟はいつものように笑おうとして、だけど失敗したらしく、ふにゃふにゃと締まりのない出来損ないの笑顔を浮かべる。  聞き取りにくい吐息じみた声で、弟が話す、花の咲いた物語。  ──とても苦しく、体が重かった。  本当にとても苦しくて、辛くて、腕を動かすと崩れ落ちそうなくらい重かったから、耳も塞げず、息ができなくて。  ふらりと外に出て、流れる川を見ながら考え事をしていた。  ここを流れて死んだら、もう苦しくないんじゃないかと思った。  だけど俺は死ねないから、見つけてくれた警官と帰ってきた。 「だって……あんなことを言われた俺が死んだら、兄貴に俺の命の責任を押しつけて、苦しませることになるだろ……?」 (──……は)  ヒク、と喉の奥が痙攣する。  そんな理由で死ぬのをやめたのか?  呆れる。バカの極みだろ。まともな人間じゃねぇな、映画の見過ぎなんじゃね。そもそも俺はお前が死んでも責任感じねェし苦しみもしねぇよ。あー死んだのかあっそぐらいで終わりだっつーの。自過剰すんなやボケ。身の程知らず。バカ、アホ、マヌケ、ドカスが。  いろいろと、言いたいことはあった。  いつものように、コイツを殺す言刃を無造作に吐き捨ててやろうと思った。  思ったし、しようとした。  でもなぜか俺は、なにも言わずに気絶したように眠る弟の顔を見つめて、静かに部屋から消えたのだ。
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