恋しい人と手を繋ぐ、たった一つの確実な方法【完】

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 【手順5 罪を見つめましょう】  弟は電車を使わない。  車が使えなくても自転車で行くし、電車のほうがよくたって頑ななまでに使わない。夜更けで終電を逃していなくとも、わざわざ歩いて帰ってきた。  靴をすり減らして一晩かけて帰ってきた弟に、妹が心配から耐えきれず、理由を問い詰めた。 〝どうしてそんなバカをするの?〟 〝また警察にお世話かけたりしたら辛いのは自分だってわからないの?〟  そりゃそうだ。近所で噂になったら困る。弟は腑抜けになったが、表向きは問題がないように見えたから。  弟は言った。 「あれに乗ったら帰ってこれないよ」  だからお前もできる限りは乗るんじゃあないぞ。  そう言って諭すようにニコリと笑いかけ平然と部屋に向かう弟の背を見つめて、妹は唖然としていた。  どうやら妹の兄には、まともな兄がいないらしい。  弟は本気だったらしく、事実一生電車は使わなかった。  俺を失って、憎む矛先をそこにしか見いだせなかったのだろう。  憎しみに優る喪失で、きっともう全ての行き場がないのだ。  妹は俺が死んでも泣かなかった。  とても気立てのいい子で歳の割に聡く気づかいのできる、俺とは似ても似つかないかしこい子だった。  だから知っていた。  兄が兄をそう愛していると。  そして性格が悪く気ままでマイペースな口の悪い兄が気さくで面倒見のいい兄を拒絶し、酷く罵倒していたことも、ちゃんと知っていた。  だもんで、俺をあまりよく思っていなかったのだ。  嫌っていたわけじゃないが。  妹は目立つ派手さはないが年下に優しかった弟に懐いていて、弟もそんな妹を可愛がっていた。  その弟が俺に壊されたも同然なのだ。当然に怒るだろう。  弟が報われない。俺は独りよがりだ。  弟は俺が苦しんではいけないからと死ななかったのに、俺はあっさり死んで苦しめるどころか崩壊させた。  誰もいないと思っている俺の部屋で、妹はポツリと尋ねる。 「どうして死んじゃったの?」と。  問わずにはいられなかったのだろう。  その日、俺の目の前で、妹は俺の死後に初めて泣いた。  それ以降──妹が返事の帰ってこない俺の部屋に来ることは、もうなかった。
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