恋しい人と手を繋ぐ、たった一つの確実な方法【完】

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 【手順8 最初で最後の涙を持って】  弟は死んだ。  俺も死んだ。  俺の罪は死んだ。  自由になった。  俺はあの日の駅のあの場所で、半透明に待っている。ガヤガヤと騒がしい喧騒も気にならない。俺は今、待っているから。  ──兄貴。  声が聞こえた。  振り向くと、泣きだしそうに立ちつくす、俺と同じ魂のカケラがあった。  もう迷子のような泣き顔ではない。  待ち望んでいた保護者を見つけた子どものように安心しか感じていない顔で、きれいなきれいな涙を流している。  ──兄貴。  もう一度呼ばれた。  一歩一歩近づき、俺の前に立つ。  その水晶体に今俺は映っている。  俺より少しだけ低い弟の顔が、泣きながらふにゃんと笑って見せた。  腕が俺の背中に回る。  振り払ったりしない。  なすがまま、抱きしめられる。 〝兄貴〟 〝兄貴のいない時間はとても恐ろしくて空虚なものだった〟 〝俺考えたんだ〟 〝前と同じ〟 〝ここで死んだら〟 〝死ねた〟 〝俺は飛び込めた〟 〝兄貴がいないなら、もういいや〟  時を置いて再会した俺へ懸命に声を届ける弟の話は、酷く拙い。  なにを言えばいいのかわからなくなっているんだろう。  勉強ではなく、あまり頭のいいやつじゃなかったからな。  だけど俺には理解できる。  ずっとそばで見ていたから。 〝俺はお前に酷い言葉しか言わなかったけれど、嫌いになることはなかったのか〟  俺は相当に、困った顔をしていただろう。  あんなに言って聞かせたのに。死にたくなるほど言って聞かせたのに。  穏やかに、弟は笑う。  周りの音は最早、冬の寒さに曇る吐息ですら聞こえなかった。なぜだろう。ああ、周りは白黒で静止している。 〝なれなかったから、飛んだんだ〟 〝なあ、兄貴〟 〝一番好きな人を再訳すると、どんな人になると思う?〟 「ずっと手を繋いでいたい人、だ」  弟の大きな手が俺に向かって伸ばされた。その手は僅かに震え、不安げに戦慄いている。  そうか。  俺に好きな人ができたんじゃと勘違いしてあんなに泣きそうになっていたのは、自分の繋ぐ手が盗られるからか。  俺が死んであんなにも死にたがりの死に体だったのは、俺の手がもうないからか。  そうか。──ああ。  この手を、離したくない。  そう思う相手が好きな人だと、俺はずっと昔から、とうの昔から、知っていた。 「好きだ、兄貴」  気持ち悪い?  ──とんでもない。 「俺もお前が、一番好きだよ。生まれた時からずっと、ずっと」  振り払うだけだった、殴るだけだったこの手を、俺は初めてお前を抱きしめるために使える。お前を愛するためだけに使えるのだ。  温かいこの手は、きっとちぎれてなくした感情の琴線のもう片方なのだろう。 「知らなかった。恋しい人と手を繋ぐと、涙が出るものなんだな」 「きっとこの先もう泣くことはないって、兄貴の涙腺がわかっているからだ」  なるほど、なるほど。  使い道を失った涙をトロトロと捨てながら、俺たちは歩く。  二人で並んで、輝く街を歩く。  これから行くところは天国でも地獄でもない、ただ在るだけの空間だ。  死んだ魂は回収されて転生する。残りかすは空いた空間へ置いておく。なにもない。誰もいない空間へ。  俺たちの手を解くものすら、なにもない。 「逝こうか」 「うん」  繋いだ手は、きちんと握り返された。  了
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