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「はっ……ん」
「ぅむ、ぷは。……ヤッベェ~……」
目を覚ましたガドはしばしキョトーンとしていたが、自分に口付ける俺の姿を認識した途端、俺の首根っこを掴んで強引に引き離した。
やべぇと呟いたのち、冷や汗を滲ませキョロキョロと素早くあたりを見回す。
どうした? ここは魔王城だ。
怖いものなんかなにも来ないぞ。俺はとりあえずもう一度キスがしたい。
「ガド」
ガドにキスがしたくて、ガドがかわいくて、俺は首根っこを掴まれたままじっとガドを見つめて首を傾げる。
「ガド、ちゅう、したいな」
「シャァルゥ? 俺にチューしちゃダメだぜ? 俺が死んじまうだろ?」
「? いや、だ。俺、ガドがかわいい。がどが好き。俺とキス、なんでいやだ? ……おれのこと、きらいか……?」
嫌われてしまったらとても悲しい。
眉を寄せてしょげかえった表情で縋るように尋ねると、ガドは絨毯に垂らしていた尻尾をビタンッとうねらせた。
「嫌うだなんてとんでもないなァ。俺がお前のこと嫌いになるわけねぇだろうよう? シャル。シャァルゥ~」
ニマ、と笑って機嫌よく俺を抱きしめ、絡みつきながらシャルシャルと名前を呼んで懐くガド。
ガドは優しくていい子だな。
そんなことをされたら嬉しくて幸せで感謝が充ちて、やはりキスがしたくなるに決まっているのだ。
「ンフフ、シャァル、シャァル? 酔っ払いシャァル。なぁんで酔ってんのか知んねぇけど、俺とちゅーしたくなんの?」
「ん、したいさ、いいこだ」
「アハ! 本当はダメなんだぜィ? けどそう思われんのは気分いいなァ。内緒でイチャこく? 仕事終わったんだって褒めてくれよォ〜」
「はっ……ガドはいいこだな、よしよし、お疲れ様……じゃあちゅー」
「ムムッ」
ムチュ、と再度唇を奪ってガドの頭を抱き寄せると、ガドは尻尾をピンッ! と突っ張って驚いてしまった。
嫌いじゃないのだろう?
ならシてもいいじゃないか。ガドがこんなに俺のキスを嫌がると、俺だって少しは悲しくなるんだ。
ペロペロチュッチュと吸いつくと、ガドはしばらくもがもがと物言いたげにしていたが、ふと黙り込む。
目を見開いて石化したガド。
容赦なく吸う俺。
唇を吸われたまま、そーっと俺の腰に長い尻尾を巻きつけ、そーっと俺を引き離すガド。
「…………」
「はぁ、ぁ……ガド、まぁだ、もっと俺の気持ちを……」
「…………シャル? ちょ〜っとだけ、俺と一緒に窓に行こうか」
「う? ん」
ガドはそーっと立ち上がり、腰に尻尾を巻き付けたままの俺に隠れて、抜き足さし足と窓を目指して後ずさりしていく。捕まった俺もよくわかっていないがフラフラと窓に向かう。
向かいながらぼけーっと部屋を眺めていると、ぼやけた視界の扉あたりに、見覚えのある黒い男を見つけた。
乱視フィルターでも色男だ。
この世で一番いい男。
スタイル抜群の長い手足がなにやら身構え、こちらに向かってダンスに誘うように手を差し出している。
なんだ、帰ってきたのか。
おかえり。待ちわびたぞ。俺はお前をいつも待ちわびている。
だけど自分の部屋なのに、どうして入口で立ち止まっているんだ?
「アゼル」
「さぁ、唇を削ぎ落とすぜ」
「戦略的撤退だァッ!」
ドガシャァンッ!
コテンと首を傾げた直後。
俺を盾にしながら窓にたどり着いたガドが激しく窓を破壊して飛び出し、その背を追うように漆黒の刃が疾風の如く駆け抜けていった。
……ん? あぁ、なるほど。
あれは闇の上級魔法だ。
黒い男──アゼルは手を差し出していたのではなく、指先から魔法を放とうとしていたんだな。
そしてガドは俺から離れた瞬間攻撃されるとわかっていたから俺を盾にして逃げた、と。うんうん。スッキリした。
「…………」
「アゼル、おかえりだ。かわいいかわいい、俺のアゼル。ふふ……おかえりのちゅー……しようか」
状況を把握し終えた俺はスッキリご機嫌でにへ、と笑みを浮かべ、目に深淵を宿したアゼルの元へいそいそと歩み寄った。アゼル、俺の旦那さん。
目の前にやってきて両手を広げ、ニコニコと声をかける。
しかしアゼルはなぜか俺をじっと見つめたまま、微動だにしない。
うん? 聞こえていないのか?
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