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そよそよとやわらかな春風が吹き抜ける屋上。
そのフェンスに足をかけて飛び越えるのは、我らが生徒会長──明菜 弥生。
彼はるんるんと機嫌良さげに鼻歌を歌いながら、フェンスの先の僅かなスペースに仁王立ちする。
「ばん、ばん、バンジー……」
そしてふんふんと笑顔でそう言い、水泳の飛び込みの体勢に入ると──
「ジャぁぁああぁあぁぁンプッ!!」
──力強く、コンクリートを蹴った。
◇ ◇ ◇
ところ変わって、ここは学園自慢の人工芝が完備されたグラウンド。
彼──黒澤 武辻が在籍する三年F組の本日の四限目は体育である。
青色のジャージを無造作に着た黒澤は、木陰で花壇のフチに腰掛け、ドッチボールをするクラスメートたちを気だるげに眺めていた。
問題児クラスと名高いF組を纏めるボスの日常は、今日もすこぶる平和だ。
しかしそんな黒澤の平和に、陰りが見えた。
ぼけっ、とグラウンドを見ていた黒澤の視界に映る生徒たちが、ざわざわと騒ぎ始めている。
生徒たちは皆一様に黒澤の上を見つめ、なにかを指差し慌てていた。
そうも騒がしくされては無視できず、基本的に動じない質である黒澤も流石に何事かと立ち上がり、自分の頭上を見上げる。
その時。
「ジャぁぁああぁあぁぁンプッ!!」
耳をつんざく叫び声が。
ものごっつイイ笑顔で瞳を輝かせながら真っ逆さまにこちらへ向かって落ちてくる人物は、敵無しであるF組の王者を玩具の様に扱う猛者。
黒澤的に見覚えありまくりな想い人──明菜 弥生、その人。
なぜだろうか。
理由は不明だが、墜落している。思いっきり人間が落ちてきている。
よく見ると屋上から釣竿のように突き出た謎の鉄棒が見えるが、それがどうしたなんの解決にもなっていない。
黒澤にできたことは、愛のなせる技か、その人間が明菜であるということを認識したまでだ。
「「「親方ァァァァァッ!!」」」
「空からアホの子がァッ!?」
「四十秒で支度しなァッ!!」
上から順に、クラスメートたちの悲鳴、親方の驚愕、空賊の悪ノリ。
開幕から墜落している天空の城があってたまるか、というツッコミを入れる余裕は黒澤にはない。
様々な意味で心臓がバクバクと弾けそうになる黒澤は、叫びながらも反射的に落ちてくる明菜を受け止める体勢を取る。
全然、まったく、こんな状況になっている意味はわからない。
わからないしわかりたくもない。
わからないが──惚れた男を死なせるわけにはいかない!
その一念で体が動いたのだ。
ここぞという時はやる男。こういうところが周りに慕われる所以である。
ドサッ! と明菜が見事黒澤の腕に背中から落ち、アッパレ黒澤の腕の中で、姫抱き状態になった。
黒澤はジンジンと痺れる腕の痛みを顔をくしゃくしゃにして耐える。
落としてはならない。照れている暇もない。いい香りがした。気にしてはいけない。いい腰つきだ。知ったことか。
クラスメートたちは「流石黒澤さん!」「ボスかっけーッス!」「一生ついて行きます!」などと口々に豪語し、惜しみない賛辞の声があがる。
が。
──びょっいーん!
「「「え?」」」
再度空へ舞い上がるラピョタ。
もとい明菜ボディ。
黒澤の腕から明菜が消えた。
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