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「本当にすまない、黒澤……」
「っ……! っ……っ!」
「俺がむさ苦しいデカ男であるばかりに……女系たちの様に小柄かせめて平均的であればよかったのだが……今後はお前を潰さないようダイエットを視野に入れておこう」
「明、菜……っ」
「ん、ん? なんだ? 今ならお詫びに一つだけ言うこと聞いてやる。割とマジメになんでもな」
涙を引っ込めた明菜は、自分を呼ぶ茹で蛸黒澤とじっと目を合わせる。
明菜はお気に入りの男である黒澤が元気になって、表情には出ていないがとても安堵しご機嫌であった。
黒澤のツッコミがないと全力を尽くす意味がない。
黒澤には自分がやりたいことをやる姿を見ていてほしい。
明菜の行動を叱るくせに黒澤は全力でぶつかってくれるから、お気に入りなのだ。故になんでも叶えたやりたい。
他の人間にはそんなことを言ったりしない。明菜はこう見えて大人だ。
明菜は黒澤を大切にしているのだから、黒澤はたまには明菜を甘やかしたっていいと、明菜は常に思っている。
「いっこだけだからな」
「な、なんでも……」
「なんでもだ」
そんな内心を知らない黒澤は、予想外になんでもいうことを聞いてもらえる権利を手に入れてしまった。
こんな機会はまずないだろう。
とすればやることは──告白あるのみ。
実は黒澤が明菜を好きなことは、黒澤のクラスメートたち、そして明菜の親衛隊は知っていたりする。
この場にいるクラスメートたちは先ほどのカオスとは一変して、いけボス! 脱ヘタレ! と心中穏やかではない。
明菜の前では純情と化す己のボスの恋が、歯痒くて仕方ないのだ。
そわそわと落ち着かないクラスメートたちの視線を知らず、明菜はさぁ言えなんでも言えとばかりに腕を組む。
みんなの視線を一身に浴びた黒澤は、ゆっくりと口を開いた。
「ひ」
「ひ?」
『ひ!?』
「紐なしは、やんなよ……?」
──哀れ、茹で蛸黒澤。
告白し損ねる。
新聞部の見出しになってもおかしくないへたれの醜態をさらし、あまつさえ「紐なしじゃなかったらいいのか!」とツッコミを入れたくなる発言をした我らがボス。
おかげでクラスメートたちは目が点になって石化している。
黒澤は至近距離で予想外に心配してくれていた明菜に、完全にポンコツになってしまったらしい。
平和なのはそれにあぁ、と普通に返事を返した明菜と、なにを口走ったかいまいち理解していない黒澤だけだ。
「人間のバンジーに耐えうる強度のゴムと設備をわざわざ取り寄せたのだ。ちょっと屋上からバンジーしたくなってな、天国に逝きたかったわけではないぞ。だから、紐なしはしない。もっともっと遊ばないと、な」
「うぇ……? あ……?」
「約束は守る。黒澤、安心したか?」
「は……?」
赤味の引いてきた黒澤は明菜の説明をあまり理解できず、とりあえず頷いて呆然としていると、明菜は黒澤の上から降りて立ち上がる。
その表情はにへら、と嬉しげだ。
はにかんだ明菜は「モンブランが食べたくなったから俺は行く」と言い残し、笑いながらひらひらと手を振って、颯爽と去っていった。
「な、なん……? 俺は……モンブランを買ってやりゃあいいのか?」
「「「告白すればよかったんですーッ!」」」
そんなツッコミがグラウンドに響き渡る、かいちょーさんとふりょーくんの一幕。
残念ながら日常風景なのだ。
了
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