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本日、明菜と黒澤は食堂にて二人示し合わせて集まり夕飯を食べていた。
全寮制で生徒数の多いこの学園。
夕食時の食堂は、私服姿の生徒で芋を洗うようにごった返している。
その中で焼き魚定食を食べる明菜とデミグラスソースのオムライスを食べる黒澤は、食堂のすみとはいえ目立った。
腐っても生徒会長の明菜と、問題児クラスのボスである黒澤。
二人とも高身長でガタイもいい。
一人は顔が、一人は髪色が派手なところも拍車をかけている。
そんな二人を囲むように席を陣取っているのは、まず明菜の親衛隊。
ようは似非ファンクラブだ。
尊敬と憧れと仄かに恋情を滲ませた眼差しで明菜を見つめつつ、その向かいに座る黒澤には尊敬と少しの畏怖、同情の眼差しを向けている。
羨ましい部分も多いが……それ以上に不憫が勝るらしい。
明菜に振り回される黒澤のあれそれは、最早学園中の知るところ。
なまじ頭がいいだけに大きな問題にならず他人に迷惑もさほどかけないが、やると決めれば是が非でもやる明菜はある種オレ様で自己中心的だ。黒澤に同情の目が集まるのも頷けるだろう。
そんな明菜が一般生徒には直接被害を与えないため、生徒たちは唯一被害を被っている黒澤には、満場一致で目を逸らしていた。
半分は黒澤が本気で嫌がっていないからなのだが。
教師陣の生温い目の理由もそれだ。
お金持ちの生徒たちは、懐の温かさの分程度は心に余裕があった。
心温まる下世話な話である。
笑いどころだ。
「……黒澤」
「あぁ?」
顔に似合わないオムライスに舌鼓を打つ庶民派ヤンキー黒澤に、魚の骨を丁寧に取っていたクソ金持ちお坊ちゃまくんこと明菜が、ふと呼びかけた。
怪訝な表情で視線をやり、黒澤はオムライスを口に運ぶ。
「ちょっと食堂の片隅に潜まないか」
「なんでだよ。……いや、またわけわかんねぇことを思いついたんだな?」
「思いついた」
真顔で頷く明菜を、黒澤は物凄く、物っ凄く呆れた目でジトリと責めた。
明菜はこういう意味のわからない申し出をすることも少なくない。
数日前は急に食堂のすみっこに連れて行かれたかと思うと、頬を差し出して「俺を殴れ」と誘った。
黒澤が仕方なく指先でぺちっと頬を叩いてやると、それはもう嬉しそうに「ブったな! 親父にもブたれたことないのに!」と声真似付きで演じる。
もちろん今度は容赦なく拳骨を落とすと、満面の笑みで「二度もブったな!」と返してきた。やはり声真似付きで。
機動戦士の初代ネタだ。
連休の一気公開で夜明かしでもしていたのだろう。
閑話休題。
ちなみに二人のやり取りは、平素公共の場に適した小声で行われている。
しかし周囲の生徒たちは日常を装って聞き耳を立てまくり、学園の漫画研究部や明菜親衛隊と黒澤舎弟組、もとい二人の恋を応援し隊はガン見している。
そりゃあ二人のすったもんだが毎度滞りなく学園中の知るところになるだろう。この学園に報道規制はないのだ。
そうとは知らない黒澤はしばらく明菜を睨み、ややあって深いため息を吐いた。
「……ここじゃあできねぇことなのかよ?」
「まぁできなくはないな」
「じゃあここでしろよ。面倒だろうが。……別に前のとか危ねぇことじゃねぇんだろ?」
「そうだな。前のはさせてくれるならいつでもヤってや「ヤらせねーよっ!」だろうな」
わかっていた。
コクリと頷き箸を動かす明菜。
以前屋上で咥えられたことを思い出したのか少し赤くなった黒澤の頬に気がつき、口に入れた焼き魚を飲み込む。
黒澤は存外照れ屋だ。
初めてでもないだろうに、いつも煩わしがっている横暴な男に奉仕されてあんなに照れていた。
あまりごねるとへそを曲げるかもしれないし、ここでやらないなら嫌だと言われたら、困る。
「他の生徒にこれをすると、顔を真っ赤にして逃げられるんだが……お前は逃げないからまぁいいか」
そう考えた明菜は、ぼそりと呟いて優雅に箸を置いた。
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