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そんな男を見ていると、そのアウトローな色気のある容姿とは違う理由で、妙に目が離せない気分になった。
……言っちゃあ悪いが、大きくて凶暴な、野良犬のようだ。
少し頭が足りていない、とこっそり付け足しておこう。
放っておくと消毒液を炭酸ジュースだと思い込んで試しに舐めてみそうな気がする。そういうベクトルの生き物。
男の印象をアップデートした俺は、バッグを肩にかけ直してよいしょと立ち上がった。
正直早くここから退散したい。
俺と彼は傷の治療だなんて平和かもしれないが、周りは未だに死屍累々なのだ。そして犯人は他ならぬ目の前の野良犬である。
俺が立ち上がると、彼もつられたように立ち上がった。
手をグーパーと動かし、俺に見せつけるように突き出す。
「これで、俺はもう、痛くねぇのか」
「それはわからん。俺はあんたじゃない……痛くないか?」
「俺はもともと痛くない。けど、痛かったところもある。痛かったのを当てたのは、お前が初めてだぜ。小鳥」
「こ、小鳥……?」
「よくさえずる。でもよわっちい。でも触るとぬくい。俺は小さい生き物をよくなでるんだ。こんなふうにな」
「うおっ」
こんなふうに、と言った男はノーモーションで突然手を動かし、グリグリと俺の頭を力強くなで繰り回した。
い、痛い! 俺が痛い! 禿げる!
ブルブルと震えながら半端じゃない圧力に耐えて、彼が満足するまでなでられる。
こんな力でなでたんじゃあ、小動物はひとたまりもないんじゃないだろうか……いや、流石に小動物をなでる時はもっと優しくするだろう。うん。
存分になでた彼が手を離してから、いててと自分の頭をなでる。ああよかった、ハゲていない。
俺が自分をよしよしとなでて慰めると、彼は不思議そうに首を傾げた。
「? アイが伝わんねぇよ、そんなの。花をなでる時、俺はもっとしっかりなでる。綺麗でかわいいから、誰かが盗らないように」
「いやいや。生花をさっきの勢いでなでたらたちまちしわくちゃだ。もっと優しくなでないと、大事なら。こんなふうだぞ」
「お?」
ぐっと手を伸ばして、俺は彼の頭を優しくなでてみた。
見本になればと思ったのだ。
おお、見た目ぼさぼさな髪なのに案外ふわふわでなで心地がいい。もふもふだなぁ。
思ったよりなで心地がよくて野良犬をかわいがる気持ちにシフトしてなでるが、彼は特に止めず、黙ってずっとなでられ続けていた。
というか、やめようとすると怪力で腕を押さえつけられたんだ。
もう勘弁してくれ! ってぐらいひたすらなでさせられた。……俺がなにをしたって言うんだっ!
──その後。
俺に散々なでさせてスポーツドリンクも分けてもらい大満足の彼は、自分を蔵 巌城だと名乗って機嫌よさそうにふらふらと歩いて行った。
『格子。また、なでてくれよ』
濁ったグリーンなのになぜか透明で澄んだ瞳をにやりと歪ませ、そんな言葉を残していった蔵。
危ない野良犬に好かれてしまった。
解放された俺はなんとも言えない気持ちになりながら、とぼとぼと歩いていく。
暴力は嫌いなのだが……まあ、人を殴らない蔵は、変わり者だけど悪い男じゃなさそうだしな。うんうん──って。
「ああああ……っ! 校舎までの道を教えてもらえばよかった!」
結局、俺が校舎にたどり着いたのは、これから更に一時間後の話だった。
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