トコフェロール①【完】

8/11

1078人が本棚に入れています
本棚に追加
/368ページ
 実は蔵本人も、自分の身体能力の制御が利かないそうなのだ。  一見スマートな男に見えて服の下には並外れた怪力を生む筋肉がある。  おかげでそれを支える骨が軋み、人間性に多少の歪みが生じた。という噂。  だからこの隔離じみた学校にしか居場所がない。蔵の親が大金を払って入れたためここにいるという。  勉強も部活もレベルが高いこの学校は、生徒数が多い。一人くらい変わった生徒がいてもいいと思う。  というのが、生徒たちや教師陣の見解だ。  にしても変わりすぎだけどな。  スイッチさえ入らなければ無害なので、近づかなければいいと言われた。そういう問題なのかな。うーん。  理由は不明だけど、望んで力が強いわけじゃない。しかし蔵はすぐに物を壊す。規格外の怪力だ。  頭のネジがぶっ飛んだ蔵にはその自覚がないまま、破壊神と化してしまった。  実験では器具を壊すので強制見学。体育は独壇場すぎてチームメイトすら逃げ惑い、運動部からも出禁を食らっている。  なんとバスケットのゴールを壊したそうだ。お、俺の青春の舞台が……! 「あとこれは噂だけど、スズメとかネズミとか、捕まえて殺すんだとさ。握り潰すらしい。これほんとイカレてる」 「もうおなかいっぱいだ、野中……」 「イケメン崩壊だわ。顔青いしひきつってっし。そんなやべえやつに絡まれてたわけ、お宅。おわかり?」 「あばばばば……!」  潰れたカエルを通り越して血の気が引いた俺は、食欲がなくなってカレーパンを野中に押しつけた。野中は素知らぬ顔でそのパンの袋を開けてかぶりつく。 「お、うまいなこれ」  呑気なやつめ。  人の気も知らないで。  ちゅーっといちごミルクを飲みつつ潤んだ瞳で睨みつける。だめだ、効いてない。  しかし……蔵という男はそんな危ないやつだったとは。  俺はそんな男に出会って無傷で生還したのか。勲章ものじゃないか? うん。俺、偉いぞ。だが二度はないだろう。  自分を戒め、固く自重する。  非暴力主義の俺とは対極に位置する、凶暴な野良犬。君子危うきに近寄らず、だ。関わることなく逃げ続けたらいいはず。 「なあ野中、蔵はどこのクラスなんだ?」 「このクラスだけど?」 「冗談はやめろよ!」 「冗談じゃねーし。顔必死すぎだろ、不覚にも笑ったわ」  野中は笑ったといいながら、相変わらず面白くなさそうな顔をしている。  俺は必死なのに酷い。酷すぎる。  というかそういうことは早く言っておいてくれないか!? 「俺まだ出会ってないぞ?」 「あの、ちょっと離れたとこにある席あるだろ? あそこが蔵の指定席。今はなんかまた暴れたらしく、一週間特別指導。お前と出会ったあとだろうから……明日には登校してくるだろうな」  そういって野中が指さしたほうを見つめると、窓際一番後ろというベストポジションで、そこかしこがかけたぼろぼろの机だった。  いや──俺の席の隣じゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 「明日休んでもいいかな」 「英語の小テストを逃してもいいならな」 「うがががががっ!」
/368ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1078人が本棚に入れています
本棚に追加