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──翌日。
教室の中がざわざわとざわついている。もうすぐ先生が来る時間なんだから静かにしてほしい。
そう胸中でごちる俺の半径一メートルに、無人サークル形成中。
野中に視線を送ると、あいつ机に突っ伏して死んだふりしてやがる。あとでちくわパン奢れよ。薄情者め。
たらり。
頬を嫌な汗が伝う。
「格子、なでろ。みかんやる」
俺の傍らにいつかと同じように座り込む、大きな男。
相変わらずぼさぼさな髪が目元を覆っている。その隙間から覗く、鋭いが無垢な瞳。無駄に整った造形の顔がにんまりと笑う。
蔵 巌城。
学校一の超変人。
笑みを浮かべた蔵は、呑気にみかんを二つ両手に遊ばせ俺に差し出していた。
あんたが原因でこんなことになっている、とは言えない。俺はヘタレ。どうしようもないのでぴきぴきと青ざめつつ蔵に向き直る。
「く、蔵……」
「イワキ」
「へ?」
「巌城。俺の名前だ。格子は爺さんだな。こないだ教えたろーが」
「はあ……」
「ちゃんと、呼べ。俺が格子でお前が蔵じゃあ、おかしいだろ? フェアじゃねえよ。みかんをやるに値しねえ。せいぜいリンゴだぜ。リンゴじゃ足りないよ、な?」
いやいや、フェアとかどうのとかの話ではないと思うが。
みかんをもらうに値することとはなんだ。リンゴはみかんの下のランクなのか?
不満げな蔵、じゃなく巌城。
炸裂する巌城ワールド。
というか頭の中はどういう構造になっているのだろうか。言っている当人は、どうにも本気らしい。
俺は遠巻きにこちらを見てざわざわひそひそとしているクラスメートをちらりと見つつ、こっそり溜息を吐く。
って先生きてるじゃないか!
来ているなら止めてくれ! HRが惜しくはないのか……!?
視界を巡らせた時に教室のすみに担任の姿を見つけて、俺は内心机をバンバンと叩いて抗議した。
担任は気の弱い男だがあんまりだ。
脳内の抗議は当然届かず、担任は動かず。山の如し。
俺はもう一度溜め息を吐いて、おそるおそると巌城に向き直る。
「い、巌城……?」
「金メダルだ」
「……そうか。ありがとう」
「明日はスイカだな。トロフィーだ」
「スイカは……やめてくれ」
「くく、じゃあぜぇんぶジョウダンだ。スイカ、うまいのによ。つまんね」
つまんねと言われましても。
教室にスイカを持ってきたら流石に対処に困る。まさかスイカ割り大会を開くわけにもいかない。
金メダルと称されたみかんを受け取りつつ、笑うのが下手なので笑顔にはならずに仏頂面でお礼を言った。
二つのうちの一つのみかんを俺に明け渡した巌城は、上機嫌で手元に残ったもう一つのみかんに皮ごとかじりつく。
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