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「ちょっ」
すると当然ブシュッとみかんの汁が当然飛び散り、巌城のボタンを掛け違ったしわくちゃのシャツをオレンジ色に染めていった。
当たり前だ。なんてこったい。
巌城は飛び散る果汁を気にも留めずにもぐもぐとしっかり咀嚼する。
みかんを持った手はべたべただ。
無残な現場を目撃した俺は慌ててポケットからハンカチを取り出し、巌城のシャツを拭いた。
シャツを拭かれる巌城はきょとんとして、されるがまま。常識知らずとかのレベルじゃないだろう……!
「ああもう、大惨事じゃないかっ。みかんはいったん机に置くんだっ」
「? あぁ、なでろよ、格子。みかんは生きてる、問題ねえよ?」
「みかんは大量出果汁で死亡した! あんたのシャツがまだら模様だ……ほら、手を貸せ。あとでちゃんと手を洗うんだぞ。口元もこんなに汚して……認識を改める。あんた野良犬じゃなくて子犬だっ」
軽く叱りつつ、俺はあせあせとみかん大惨事の始末をした。
朝からこうなるなんて予想外だ。白いシャツに色がついたら目も当てられない。
なんで俺がそんな心配をしなくちゃならないのかわからないが、シミになりやしないかと狼狽する。
「……がう」
巌城は一度犬の鳴きまねをしたかと思うと、すっかりおとなしくなって借りてきた猫、いや子犬のようになってしまった。汁を拭きやすいからいいが。
……いや、というかやけに大人しすぎると思う。も、もしかして犬だと言ったから怒ったのか?
タラ、と冷や汗が伝った。
おそるおそる様子を伺ってみると、巌城はなにを考えているのかわからない顔でぼうとしているだけだ。
まあたぶん気に食わないなら殴られているはずだ。俺の体はまだ吹き飛んでいない。大丈夫。うん。
巌城が大人しいのをいいことに、俺はこの際やってやれ! と巌城のシャツのボタンを外してきちんとかけ直した。
かた結びの長さがまちまちなネクタイも結び直す。ぼさぼさの髪も手櫛を通して、気休め程度に整える。
巌城お待ちかねだったようなのでよしよしと頭をなでてやると、機嫌よく目を細めて頭を擦り付けてきた。やはり犬だ。
「ほら、終わりだぜ」
「くくく、わんわん。格子、もっと」
「またいい子にしていたらな」
「ち……」
「ほら、みかんの食べ方を教えるから、半分こしよう」
「ハンブンコ」
──ということで。
HRの貴重な時間は、結局俺によるみかんの食べ方講座で幕を閉じた。担任は最後まで丸投げだったのだ。酷い。
しかし流石に授業はいけない。
一限目の担当教師が開始のベルとともに教室へやってきたが、席につかずに俺のそばから離れない巌城とクラスメートたちのお通夜みたいな雰囲気に状況がわからず、一瞬「え?」と素で二度見した。
だが担任と違いこの先生は、引け腰になりつつもじりじりと巌城に近づく。
なんて勇気ある先生だ。見習え担任!
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